ブランカニエベス



1920年代のスペインを舞台に繰り広げられる、グリム童話の「白雪姫」(スペイン語で「ブランカニエベス」)を基にした物語。映像はモノクロ、サイレント。とても面白かった!


オープニングからわくわくが止まらない。スクリーンの中で赤い幕が開き、「本物」の幕と一体となり、ゆったりしたテンポのクレジットに次いで、「写真」とみまごう光景の数々。でもその中で、車が走り、煙が揺らぎ、水面が凪いでいる。無人の路地の後に「人々はどこへ?」と最初の「字幕」が出て、闘牛場へ向かう人々、そして闘牛士の着付け。油を塗った紐を締め、帯を巻き、最後に顔の半分が陰になった男の顔が映る。闘牛が始まると、場の遠景やカメラマンの目線、牛、男、男の妻の顔のアップなどのめまぐるしいモンタージュがストレートにこちらの体に入ってきて、ひと時も目が離せない。


(以下「ネタバレ」あり)


父親の殺害に成功した継母は、カルメンシータ(後のブランカニエベス)を殺すよう愛人に命じる。彼はその首を絞めるが、眼前に迫った彼女の唇に思わずキスをしてしまう(このことによりカルメンシータは意識を取り戻して逃げる、彼が後を追うのは「逆ギレ」のようにも見える)。カルメンシータが「女」として被害を受けるのは、作中これが最初。隠遁生活をさせられていたにせよ、「現実」はそんなことってないよなあ、と思ったんだけど、これはそういう映画じゃないのだ。「ウィ・アー・ザ・ベスト!」の感想に、ある要素は「現実」では布に織り込まれてる糸のようなもの、それがそのまま表現されているのが素晴らしいと書いたけど、これはそういう映画じゃなくて、一つ一つの要素を順に見せていく作り。これも「古典的」手法と言える。見ながらなんだか奇妙な感じを受けていたのはそのせい。私は「最新作」という意識がある場合、こういう作りは好みじゃないんだけど、本作の場合、映画的快感があまりに大きくて引っ張られた。


途中から、そっか、こういうやり方もあるのかと楽しくなった。私は「お姫様」の出てくる「お伽噺」が嫌いだからこそ、その「裏」、例えば「女は生まれながらにして『美』に執着しているものではない」ということを描いた「スノーホワイト」(感想)が好きなんだけど、本作はそれとは違い、意図していないにせよ、マリベル・ベルドゥ演じる「継母」を「美」に囚われていない、単なるヤな女として描くということで「自由」になっている。
女に「優しい」…という言い方も変だから何と表現していいか分からないけど、女の私にとってはとても見やすい映画だった。物語の筋としては、カルメンシータが殺されずに済む理由が特にその「性的魅力」のせいではないということ、「恋敵」(とブランカニエベスは気付いていない)が「男」であること、等々。


見ながら喜び、恐れ、可笑しみ、あらゆる感情が次から次へと湧きあがってくるのがすごい。しかし常に根底に流れ、最後に心に残るのは「恐怖」。物語も映画も、本来は空恐ろしいものなのだと思わせられる。
「運命のいたずら」こそ恐ろしいとも言えるけど(物語は男が「妻と子のために」と投げた帽子が「落ちた」ことから暗転する)、最も残酷に感じられたのは、「見世物」に興じる「一般大衆」、いや「世間」の姿。時を経て繰り返される、人々が闘牛場へ向かう場面も何だか不吉に感じられるし、大きな闘牛場で様々な表情を見せる観客は、小人が牛に突かれるのを見て笑う人々とさほど変わらないように思われた。そして父親の葬式の日、「あの日」ぶりに正装させられた死体と写真を撮る人々。死んでるのをいいことにキスしたり太ももに手を置いたりする女達(「カルメン夫人はラッキーだ、旦那様がハンサムで」!)。ラストシーンはこの轍を踏んでいるようでもある。しかし映画は「世間」を「悪」としては描いていない。ただただそれが在るのみ。


とてもかっちり作られてるのにそれが嫌味じゃなく、「分からない」部分につき、どういうことだろう?と後々まで気になる(どうでもいい映画なら気にならない)。
最初に「?」と思ったのは、継母はなぜカルメンシータの髪を切ったのか、ということ。直後に「辛い仕事」の場面があるので、作業の邪魔にならないようにという単純な理由だろうか?ともあれカルメンシータは、自分の意思で髪を切ったり伸ばしたりしたことがない。生涯で二度、長い髪を梳いてもらうのは、祖母と二人暮らしの時と、棺の中において。切られたまま短くしていた髪にまた鬘を付けられるとは、皮肉な話だ。
次に引っ掛かるのは「キス」。父親と同じ舞台に立つ直前、ブランカニエベスは小人達に順にキスをしてゆくが、彼女をキス(人工呼吸)で救ってくれた「王子様」(と「好きな男」とは同義ではない)の番の直前に「恋敵」の邪魔が入る。彼女は髪の件同様、キスも自分の意思でしたことがないまま生を終えると言える。
そしてラストシーン、再び「王子様」のキスを受けた彼女の瞳から「涙」がこぼれる。これが分からない。私には「悲劇的」に感じられた。ガラスの棺から生まれてそこに戻ったというところにヒントがあるんだろうか?かつて父親は、涙の理由を「嬉しいから」と言っていたけれど…