42 世界を変えた男




「世の中は本当は複雑なんだ
 もう野球界もそのことに目をつぶっていられないぞ」


見終わって、しんどい描写が少なかったことにほっとした。以前男性に「女性が辛い目に遭う映画は悲しくなるから嫌だ」と言われた時には、見ない気楽さを取るのかと内心反発したのに。自分に関係ない(関係があるのに「実感できない」)ことは油断するとすぐ「他人事」に滑り落ちてしまうというのを忘れちゃいけないと思った。
この映画が「ぬるい」と言いたいわけじゃない。そもそも「史上初の黒人メジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン」を描いた本作は、差別はいけないと声高に叫ぶばかりの映画じゃない。作中、「差別するならクビだ」とまずは権力で「目に見える」差別を無くしていくのが心に残った。形から入って気持ちが沿う、あるいは「同情」(の語源である「苦しみ」の共有)が生まれ、世界が「変わって」いく。このやり方について、学校の先生が見たらどう感じるかなとふと思った(教員はそういう「権力」は持っていないけど)。


ブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャー、ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)もジャッキー・ロビンソンチャドウィック・ボーズマン)も、登場時の簡潔な一幕でその人となりが分かるのがいい。ブランチが黒人選手の採用を決めたのは、ブルックリンにおける黒人の観客の多さを見込んでの戦略でもある(終盤にもう一つの「真実」が明かされるけど…ジャッキーはなぜ「本当の」理由が他にあると考え食い下がったのだろう?)。ジャッキーは、ガソリンスタンドのトイレが「白人専用」ならばガソリンを買うのをやめる、すると店員が折れ、トイレに入ることが出来る。二人ともブランチ言うところの「白でも黒でもない、緑色」の「金」の公平さを信じている。
初顔合わせの際、ブランチはジャッキーを挑発しておきながら、「頬をぶたれたらもう片方も…」のあたりになると目を、顔をそらし「弱気」を見せる。するとジャッキーが食いついてくる。これも作戦か?ともあれ二人は両輪になって前進する。ブランチもジャッキーも、それぞれ互いが思うより「大きい」ので、その分ぐんと進む。後の「(チャップマンの一緒に写真を撮りたいという申し出に対して)ブランチは形だけでもいいと言ってます」「それならいっそ観客の前で撮ろう」なんて展開が気持ちいい。


ジャッキーと妻との間に「僕は金を稼いで、君は学校を卒業する」というやりとりがなされるも、その後は何の描写も無かったので、卒業できたのかな?と見ながらずっと気になっていた。帰宅後に調べたら、ウィキペディアに「ジャッキーの引退後に看護の勉強に励み(略)イェール大学看護学部助教授に就任」等とある。これをエンドクレジットの、登場人物の「その後」に加えて欲しかったな。