マンマ・ゴーゴー



トーキョーノーザンライツフェスティバルにて観賞。とても良かった。


アイスランドのフリドリック・トール・フリドリクソン監督による2010年作。彼の作品は「春にして君を想う」('91)と「精霊の島」('96)を観たことがある。上映後、監督へのインタビュー映像がおまけに付いてたんだけど、ダウンジャケットのままソファに肘かけて話す感じがよかった(笑)


オープニングは「春にして君を想う」の試写会場。満席の場内の最前列の真ん中に、壇上の監督から「この映画を」と捧げられた母親のゴゴが居た。
本作はまず「映画監督もの」として面白い。興行成績の伸びない「春にして〜」について「老人が興味を持つかと思ったけど、死にかけの人間は映画なんて観ない」「海外だけが頼りだ」なんて喋ったり、テレビ番組のインタビューで「ハリウッドに『進出』なさる予定はありますか?」と聞かれ「ファストフードに興味はないね」と答えたり、フリドリクソン監督の実際のところが窺える。もっとも、終盤にゴゴの「過去」としてゴゴ役の女優と夫役の俳優が実際に共演した作品を散りばめるなどしてるあたり、フリドリクソン監督と家族をそのまま映画にしたわけではないことが分かる(インタビューでもそう答えている)。


主人公の監督(名前は無い)は声高に映画への愛やこだわりを表すわけではないが、この作品自体が面白いので、映画って素晴らしいと思わせられる。アルツハイマーを発症したゴゴが、亡き夫の石碑に花輪を供える際、彼の運転する車に乗って出掛ける。「実際には」どうだったのか、後のワンカットで分かるんだけど、こんな単純な描写に、映画の面白さがつまってる気がした。
本作には車がスクリーンを横切る場面が多い(確か「春にして〜」でも目にした気がする)。対して主人公が母親を車で自宅に連れ帰る場面は、クリスマスのイルミネーションの中を進む二人を正面から撮っており、人生の終わりに送って行く道のりのように感じられた。


冒頭、試写会場から一人暮らしの自宅に孫と帰ったゴゴは、赤いドレスと口紅のまま、ソファで一緒にチャップリンの「黄金狂時代」を観る。気にして電話を掛けた主人公いわく「映画は情操教育にいい」。彼もそうして育ったのだろう。机にはお酒のコップとコーラのコップ。その後の顛末は、それこそ「古きよき」映画のようだ(笑)
この場面に始まり、いかにも北欧らしい(というのも偏見だけど)ユーモアが全篇に散りばめられている。父親の石碑の前で皆が歌うシーン(これもそこはかとなく可笑しい)では、子どもはちゃんと「歌っていない」のが嬉しい。


終盤、それまでアルツハイマーの母親に「振り回される」主人公側の物語だったのが、ゴゴにべったり寄り添うので少々驚いていたら、映画はそのまま最後まで突っ走り、「(母親の名前)に捧げる」と幕を閉じる(後のインタビュー映像によれば、彼女はまだ存命とのこと)。放出されるエネルギーに感動した。続くエンドクレジットに流れる曲は、主人公が母の家でコーヒーを飲む場面と同じものだろうか?彼女が好きな曲なのかな。


主人公の妻役の、いつも困ったような顔がとても気に入った。他の映画でも見たい。
それから、カウリスマキ・ファンとしては、ビンゴ屋が出てくる映画ってそれだけで嬉しい(そんなに無いけど・笑)。本作に出てくるのは随分大きなお店、障子の内装は日本風なのかな?