J・エドガー



面白い上にとんでもなくロマンチック。「ジョン・エドガー・フーバー」で泣けちゃうんだから。
壁に貼ってある見事な写真の数々を眺めるような感じ、さあどうぞ、とゆったり見せてくれてるのに、振り返ると色々見逃してる気がして、後ろ髪引かれてしょうがない、そんな映画だった。



「これはあなたの物語なのですか、それともFBIの物語なのですか」
「その二つは分かちがたいものなのだ、互いに依存している」


監督イーストウッドはきっちり親切だ。冒頭の爆破事件の一幕が終わると、それがエドガー(レオナルド・ディカプリオ)が回顧録のために語った内容だと分かる。筆記官が「実際にパーマー長官のお宅に行ったのですか?」と聞くと、エドガーは「英雄には神秘性が必要だ」と答える。これから私(観客)は、この映画が「真実」と見なしていること、エドガーが「真実」としていることを観るのだと分かる。これらは「ナレーション」(回顧録のための語り)の有無で区別できる。
観ているうち、20代から70代までのエドガーを演じるレオの声と目の輝きがずっと変わらないこともあり、全てのシーンがないまぜになり、次第に混沌としてきた。この感覚は、夢に子どもの頃の友達が出てくる時、その姿は大人でも子どもでもない、ただ「その人」である、というのに似ている。ともかく、これはひたすら「エドガー」の映画だ。


終盤、口述筆記を読んだクライド(アーミー・ハマー)も彼の「嘘」を指摘する。しかしその後は「君自身や組織のためなら構わないけど、僕には嘘をつかないでくれ」と愛の告白が続く。これには言外の意味もあるように思われる。それを汲んでか、エドガーは「面接の日を覚えているか?」と自らも「愛」を告げ、クライドの額にそっとキスをする。涙がこぼれてしまった。
本作はエドガーとクライドのラブストーリーだ。オフィスの廊下で後の個人秘書となるヘレン(ナオミ・ワッツ)を初めて見かける場面と、店でクライドを見初める場面(厳密には「見初めた」後の何度見かだと思われる・笑)、トーンがあまりにも違う(笑)二人だけのシーンはそれほど多くないんだけど、密度がすごい。一番のお気に入りは、いじらしく虚勢を張るレオ様と自然体のアーミーの絡みがまぶしい面接のくだり。レオのへの字口と、アーミーの常に微笑んでる風の唇。ホテルでの「行かないでくれ!/だって……だって、まだ明日があるじゃないか」には胸がきゅんとなって千切れるかと思った。その後、彼の姿が消えてから言いたかったことをつぶやく、なんてベタながらイイ場面!
彼らのやりとりには、「デート&ナイト」「ウソツキは結婚のはじまり」など近年の映画でとくに感じる、「パートナーとして気が合うってことは、他人を茶化して楽しめるってこと」をまたしても思った。「地位」の差を踏まえつつも、ユーモア溢れる会話を交わしてるのがいい。


エドガーが心を傾けるのは、クライドとヘレン、そして「母親」(ジュディ・デンチ)。男二人に目がくらんで忘れそうになるけど、エドガーとヘレンの場面、若き日の図書館でのデートなども素晴らしい。「秘密を守れますか」と前置きして「結婚に興味がない」と打ち明けるのは、自分は「同性愛者」だと述べてるのに近いのかな。エドガーには、クライドとヘレンいずれに対する「愛」もあるが、前者にのみ「性」がある、ただそういうことなのだ、という感じを受けた。
母親については、観賞時の疑問の答えに後で思い至ったので書いておくと、クライドに連れられて行った仕立屋におけるエドガーの代金未払いのくだりは、それより前の場面の夕食の席で母親が「あなたのも二着届くわ」と言及していたものだろう。母親にとって、自慢の息子はもう「有名人」だからツケで買い物しちゃったけど、店側はエドガーを知らなかった、ということだと解釈した。
お金絡みで未だに分からないのは、高級店のお得意様であるクライドが、旅行の話が出た時に「お金を貯めないと」と返すこと。何か違う意味があるんだろうか?


本作は、これほど「エドガー」の物語でありながら、「アメリカ」の映画でもあるんだから素晴らしく面白い。リンドバーグ宅の一幕には、映画でよく見るFBIと警察の対立の「創世」か!なんて思ったり(笑)テンプルちゃんにジンジャー・ロジャース、ドロシー・ラムーア(名前のみの登場、私も中高生の頃読んでた映画本の中の名前しか知らない)など有名人が続々出てくるのも、ミーハー心を満たしてくれる。大統領が替わる度に「同じ」場面(パレードを見下ろしたり「ファイル」持参で訪ねたり)が挿入されるので、時代が変わっても「変わらない」エドガーの姿が際立つ。
「本当にあなたが犯人を撃ったのですか」と追及されたエドガーが「国民は能力より筋肉を重視する」と嘆くのに、映画「裸の銃を持つ男」に、ドレビン警部補が犯罪者を100人だか千人だか殺したというので賞賛されるというギャグ?があるんだけど、向こうじゃ違う部分を笑ってるのかもと思ってしまった(笑)


始まって一小節でイーストウッドだ!と幸せに浸るも、エンドクレジットの頃には、正直あのピアノに飽きてきた(笑)
音楽といえば、エドガーがジンジャー・ロジャースとその母親に会う場面の冒頭、ちょこっと長めに入るバンドの演奏シーンでウッドベース弾いてるの、カイル・イーストウッドだった。顔変わらない。