スパルタの海



戸塚ヨットスクール」という名前は、74年生まれの私にとって「グリコ・森永」などと同じようなところに刷り込まれている。83年に制作されながら校長の逮捕によりお蔵入りとなった映画が劇場公開というので出掛けてきた。戸塚ヨットスクールに取材して書かれた同名のルポタージュを原作とし、校長役に伊東四朗。とても面白かった。


「昭和55年 東京」。閑静な住宅街の2階の部屋にこもる少年。そこへヨットスクールの職員が乗り込み、暴れる彼を押さえつけて「拉致」する。場面は替わって洋上、少年少女が職員たちにしごかれている。今度は宿舎の中、ふれくされた少女の横顔のアップからカメラが引くと、ハンドメイドな牢屋の中だと分かる。「本物」の舞台と皆の適切な演技、この冒頭にまずわくわくさせられる。
生徒や職員の登場時には「名前、学年(学歴)」に続けて「家庭内暴力」「非行」などの「問題」と出身県がテロップ表示され、手際よく紹介される。洋上の訓練シーンのテーマが耳懐かしいフュージョンなので、当時の不良娯楽ものの仲間でもあると分かる。「体罰」描写も、子どもがあわあわしてるカット→子ども目線の(つまり子ども自身は写ってない)職員のカット、という感じのものが多くあまり怖くない。


前半では、幾人かの生徒の「例」の合間に校長の「ポリシー」が自然に挟み込まれる。「あんたらにこいつが直せるのかね?」「散々甘やかしておいて、手におえなくなったら人まかせにする」「誰かが嫌われないとあかんのや」。当時のドラマなんかのいわゆる「愛あるスパルタ教師」の典型みたいに描かれてるけど、伊東四朗の肌や目や声、たたずまいにより、自然に観られる。宿屋のおかみの「先生はお金のこととなると陸にあがったカッパなんだから」というセリフにより、学校側がお金に汚くはないというイメージを与える一方で、「入学金50万、食費一日一万」という金額が何度もはっきりと口にされる。
そのうち、事情ありげな両親に連れてこられた生徒が倒れ、他の生徒が「問題」を起こし、学校の立場は急速に悪化。マスコミが駆けつけ本部の電話が鳴るが、校長や職員は信条を崩さない。冒頭から出てきた少年・ウルフの順調な「回復」に、両親は復学させたいと言い始める。金にものを言わせて他人を思い通りにしようとしてるだけに見えるので、どうなるのかと思いきや、校長は「あいつは親を越えた」とウルフを解放。しかし本人は「校長先生のようになりたい!」と一人戻ってくる。「実話」かもしれないけど、映画としては見事なジャンプ&着地だ。


皆が身につける色とりどりのジャージを見るのが楽しいのに加え、愛知県出身者としては、朝食のシキシマパン、南知多ビーチランドのポスター、とどめに淡い恋の舞台となる名鉄の駅と車両!というのだけでも嬉しかった。愛知県出身で名大卒の校長始め、職員のかなりの者が関西弁に近い喋り方をするのは謎。