フェアウェル さらば、哀しみのスパイ



ソ連崩壊の切っ掛けになったと言われる「フェアウェル事件」の映画化。
とても面白く観た、こういう映画って好きだ。


81年のモスクワ。KGBの幹部グリゴリエフ大佐(エミール・クストリッツァ)は祖国の将来を憂い、体制打破のため西側に情報を流していた。あるとき接触場所にやってきたのが、上司の命を受けたフランス人技師ピエール(ギヨーム・カネ)。大佐は素人の彼をこの仕事のパートナーに決める。
冷戦時代のスパイもの、ダメ押しにバス停に「こぐまのミーシャ」のポスターが貼ってあるので、「エロイカより愛をこめて」を読み返したくなってしまった(笑)


二人の顔がでかでか載ったポスターの通り、奇妙に深い男同士の絆が味わえる。「ペンタゴンエアフォースワンの情報だぞ(すごいだろ)」「見返りはいらない、お前がスパイになりさえすれば」「お前は話す相手がいるからいいが、俺にはお前しかいない」…一匹狼がウブな素人をかどわかしてるようにも見えるけど、次第にその仲は分かち難くなっていく。大佐を演じるクストリッツァ日野日出志の絵みたいな顔だけどチャーミングだし、ピエールの、車の窓から書類を飛ばしてしまうドジぶりや、アドバイスを素直に聞き入れ監視対策に頑張る姿なども愛らしい。


ピエールが自宅の盗聴対策に音楽を流しているため、当時の曲がBGMとしてそのまま聴ける。状況を考えたらなんだか妙だ。二度目に顔を合わせた際、カーラジオから流れるのんきな「steppin' out」も可笑しい。グリゴリエフの長男は「腐った西側」の音楽に憧れ、部屋にボウイの写真を貼り(「aladdin sane」の頃)、クイーンの歌真似をする。ソニーウォークマンがでかい!


ミッテランゴルバチョフ、「おれはUSAのボスだ」と威張るレーガンなどが登場。レーガンはとりわけ馬鹿っぽく描かれており、部下の前で自分の昔の出演作ばかり観ている。出演していない「リバティ・バランスを撃った男」について、「私にもオファーが来たけど実現しなかった、視点が変わると物事は変わって見える」と語るシーンが面白い。


一見ちょい役のCIA長官をウィレム・デフォーが演じているので始め違和感を覚えたけど、ラストシーンで、大佐と正反対の人物として置かれた要の役どころだと分かる。いわく「民主主義は市民の信頼あってこそ」…つまり彼は完全に「市民」ではない立場なのだ。雪に消えた大佐の姿が目に残る。