オーケストラ!


「僕たちの音楽は、技術じゃなく魂、エスプリなんだ」…なんて、ニセ楽団がパリ公演だなんて、全くありえないけど、最高の夢物語。



ボリショイ劇場で清掃員として働くアンドレイ(アレクセイ・グシュコフ)は、30年前にとある事情で解雇された「伝説の指揮者」。仕事中に出演依頼のファックスを手にした彼は、かつての仲間を集めて楽団になりすまし、パリのシャトレ劇場へ乗り込むことを思いつく。


ラストの演奏シーンは勿論だけど、準備にかかる前半も楽しい。「昔の仲間を集める」シーンってやっぱり燃える。2週間で「55人」(渡仏するのは「56人」だけど)のメンバーを揃えるため、アンドレイとでぶの相棒サーシャはおんぼろ救急車で走りまわる。人数分のボックスを紙に書き、名前を埋めていく様子に、指揮者の頭の中にはああいう図がちゃんと入ってるんだな〜なんて思ったり。
仲間の中には、違う形で演奏を仕事にしている者あり、楽器を手放してしまった者あり。かつての才能を最初に見せてくれるのは、ミュージシャンではなく「ボリショイ最高のマネージャー」でもあった、当時の支配人イワン(ヴァレリー・バリノフ)。今も変わらぬハッタリに、にやりとするアンドレイの顔がいい。
明るく豪奢な環境に暮らすパリの劇場主やソリストのアンヌ・マリー(メラニー・ロラン)に対し、一度音楽を「奪われた」アンドレイと仲間たちは、比喩でなく、陽の当たらない場所で生きている。とくにアンドレイの場合、「仮の生活」感があったんだろうと思わせられる。


アンドレイの妻イリーナ(アンナ・カメンコヴァ)が良かった。「田舎に畑が欲しい」なんて、家でも仕事にきりきりしてるけど、夫のことが大好き。あれだけ愛し、尊敬できる相手がいるって幸せなことだ。「二度と彼を傷つけたら許さない」とタンカを切る場面(と、その後の男達の行動)が最高。「君がいればなあ…」と電話口で寂しがる夫に「国際電話は高いから切るわよ」ってのも可笑しい。
アンヌ・マリーの育て親兼マネージャーにミュウ=ミュウ。最後にマスカラの溶けた黒い涙を流す。