アイガー北壁



面白かった。「山の映画」好きとしてじゅうぶん満足。


実話を基に制作。
1936年。ナチス政権がドイツ人によるアイガー北壁初登頂を望む中、共に23歳のトニー・クルツとアンドレアス・ヒンターシュトイサーが挑戦を決める。現地にはベルリンで新聞記者として働く二人の幼馴染、ルイーゼも到着。オーストリア隊に追われながら登攀を開始するが、負傷や悪天候に見舞われ、状況は悪化してゆく。


山が好き…といっても、山を題材にした映画や本が主で、自身では近場にちょこっと出掛ける程度の私にとって、まずは「山」周辺を分かりやすく魅力的に描く前半が面白かった。
ナチス政権下の「山」事情に関する冒頭の説明が、本作オリジナルの登場人物であるルイーゼが勤める新聞社の様子で強化される。次いで、若き登山家・トニーとアンディが仲良く登場。アルプスを望む山岳猟兵学校の様子が面白い。貧しい二人は自宅でハーケンを作り(!)、アイガーまで700キロの道のりを、自転車で荷物を引っ張ってゆく(!!)
物見高い「傍観者」たちは列車でアイガーを目指す。窓の外に山肌が現れる瞬間の、胸の高鳴り(それが終盤、再度映る際には全く違って見える)。クライネシャイデックのホテルに到着したルイーゼの、都会では見られなかった、うっとりした瞳。彼女が泊まるのは、北壁を望む「バス付き」の部屋だ。ディナーに集うのは、登山に「ロマン」を感じる裕福なゲストたち。窓から見下ろすベースキャンプには、各国から「登山界の有名人」が集まり、腹の探り合いを始めている。



「私たちに本当のドラマは見えない、想像するしかないんだ」
とはルイーゼの上司の弁だが、後半はその「ドラマ」がたっぷり観られる。直近では「運命を分けたザイル2」(感想)で事の成り行きを叩き込まれてるだけに、出発時から緊張してしまった。
天候によって豹変する世界。30年代の登山装備(彼等の場合アイゼンも無し…/ちなみにこの手の描写で一番好きなのは「氷壁の女」…感想)、アンディが考案した「振り子トラバース」、メンバー間での気持ちのすれ違い(幅数十センチの岩棚で相手に手を掛ける場面も)など、見せ場がいっぱい。
岩肌に響く負傷の絶叫、凍傷で黒い炭のようになった腕など、肉体的な「痛み」はもちろん、どうにもならない恐怖と絶望感がひしひしと伝わってくる。どんなアクションものでも味わえない、山の映画ならではの感覚だ。


晴れた日にはテラスで楽しそうに望遠鏡を覗き、登山者を応援する観光客が、雪が降れば暖かい部屋から出ようともしない。愛する誰かを送り出した者だけが、胸を痛め山を仰ぐ。しかし登山者は、この場合はそれぞれ背景があったとはいえ、自ら「物好き」と言うように、結局は意思でもって出向いてるわけだから…そのへんがつくづく、人間の面白いところ。
救助に向かう列車内で、何とか頼み込んで来てもらったガイドに向けるルイーゼの、一見半笑いにも映る表情が何とも言えない。


ホテルが振る舞う「アイガー北壁ケーキ」は、映画に出てくるデザートの中でも忘れられないものになりそう。奥さん「登山者も一人ちょうだい」/ダンナ「オーストリア人なら良かった」というセリフが笑える。
「マン・オン・ワイヤー」(感想)に、ワールドトレードセンターを制した綱渡りの男を(見ず知らずの)女が待ってた、というくだりがあったけど、命を危険にさらしてる男の「生」を喰らってみたいという欲望って、自分の中にもあるかもしれないと思った。