ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて


ユーロスペースにて観賞。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の、アジア6大都市をめぐるツアーを追ったドキュメンタリー。
音楽や音楽家についてどうこうというより、「様々な人間で構成された」「文化を持つ」あるひとつの社会について、色々想像させられる映画だった。



指揮者のサイモン・ラトルいわく、ベルリン・フィルのメンバーとは「個々で最高レベルの演奏を求められつつ、団体の一部とならなければいけないという、世界で唯一の仕事」。確かに、最高の演奏者たちが総合的に美しいハーモニーを作り上げるのは奇跡のようなものだ。
日本人の首席ヴィオラ奏者・清水直子は冗談めかして言う、「夫は私の頑張りを不思議がるの、君の音なんて聴こえないのにって」(ちなみに以前テレビ番組で観たところによると、夫も音楽家である)。しかしメンバーの誰かが口にするように、カラヤンの言葉によれば「最も後部座席の者によって団体のレベルが決まる」。だから皆必死に練習を重ねる。


映画はちょっとしたロードムービーでもある。楽団員は飛行機からタクシーへ、ホテルへ、そして会場へと移動に次ぐ移動を重ねる。リハーサルでは肩を揉む者、しかめつらで楽器を口から離す者、それを横眼で観る者などが映し出され、見ていて飽きない。
その合間に挟みこまれる、メンバーの独白。繰り返し登場する数人は、126人の中からどうやって選んだんだろう?また、インタビューの順番はあのとおりなんだろうか?
始めのほうでは、若手が自らの子ども時代の苦難(「友人の集まりに呼ばれない」など)を、ベテランは楽団の伝統やそのあり方について語る。そしてツアーが進むにつれ、苦悩や不満が漏れる。技術的なことは勿論、家庭と仕事の両立や集団生活の難しさ…何といっても最大の問題は「ベルリン・フィルの中で自分の居場所を確保すること」だ。
だが終盤になると個々も全体も上り調子で、メンバーの口からは演奏で得られる喜びが語られる。「歓喜の波」「今死んでもいい」…ラトルによれば「ドラッグのような快感」。台北で大歓迎を受けた後、アジア人のメンバーが「僕らのやっているような音楽への渇望を感じた」と述べていたのも印象的だった。
そしてラスト、皆は人生について語り始め、ツアーは東京で「最後の夜」を迎える。


私は小中学生のときブラスバンド部に所属していたんだけど、そんな(ベルリン・フィルとは比べものにならない)ささやかな経験でも、皆で音を合わせるときの気持ちよさは今だに体が覚えている。作中、若手メンバーがユースオーケストラでの体験について語る内容はよく伝わってきた。


原題は「Trip to Asia」。映像の合間に、いかにも「エキゾチック」なアジアの風景が挟みこまれる。各都市の建物や働く人々、ネオンや煙。東京では紅葉した樹木に停まるカラスに始まり、明治神宮へ。ちょうど七五三の時期だったのかな?着物姿の子どもなどが映される。
香港公演において、屋外の公園?で、ドライブインシアターのような開放的な雰囲気でパブリックビューイングを楽しむ人々の様子がとても良かった。映画のカタチが違うとはいえ「シャイン・ア・ライト」の仕込みみたいな同じ顔付きの客とは違う(笑・感想には書かなかったけど、唯一がっかりした点)。