カルテット!人生のオペラハウス



引退した音楽家のための老人ホーム「ビーチャム・ハウス」を舞台に、英国オペラ界の元スター達が伝説のカルテットを復活させるまでの物語。ダスティン・ホフマン初監督作。


オープニング、静寂の中、一人の老婦人の顔が大きく映る。チワワのように小刻みに震えている。色褪せた楽譜に鉛筆で印を付け、ピアノを弾き始める。震えに始まり紙と鉛筆の音、ピアノの音、全てが生々しく迫ってきて、音楽家の感覚ってこんなふうなのかもと思う。
それから銘々の「いつもの朝」の描写。CDを聴きながら水中ウォーキングに励むシシー(ポーリーン・コリンズ)、健診でセクハラに励むウィルフ(ビリー・コノリー)。その日、かつての「カルテット仲間」であり「大スター」のジーン(マギー・スミス)がやってきた。彼女の流麗な「毒舌」を皆は拍手で迎えるが、レジートム・コートネイ)は一人苛立ちを隠せない。


住人達が奏でる音楽が、映画のBGMになる。ウィルフが散歩していると、前方の東屋にクラリネットを吹く男性がいる。音が止むので何事かと思えば薬を飲み、また演奏を始める。この音色がウィルフの足取りを彩る。夜、部屋で腰掛けたままのジーンを、一つ置いた部屋のバルコニーからレジーが見やる場面では、間の部屋の男性が奏でるチェロの音色が彼の心情を表す。このあたりで、クラリネットの彼もチェロの彼も、いや住人を演じているのは有名俳優以外、皆「本物」のミュージシャンなのだと気付く。
老人ホームが舞台だから、陽の差し込む朝食の席で、救急車で運ばれる者もいれば、百本はあろうかというロウソクの立ったケーキで誕生日を祝われる者もいる。その際に歌われる「Happy Birthday to You」が、めったに聴けないほど「本格的」なのが面白い(笑)
本作はお話がどうこうというより、名優と音楽家達によるこうしたアンサンブルを楽しむ映画だ。エンドクレジットで彼らが「誰」だか分かると、始めに戻ってまた見返したくなる。


冒頭、迎えの車内でジーンはレジーに告げる「お詫びの言葉」を練習する。「ごめんなさい、私達は合わなかったのよ、冷たくしないで」とか何とか。彼女は彼に会うと機会を捉えてすぐこの言葉を口にし、更に後にも繰り返し、「さっきも言ってたよ」と苦々しく返される。まるでレコードがリピートされているよう。「カルテット」の復活が決まってからの練習のくだりがあっという間なのは、彼女が「繰り返し」を止めたことと関係あるのかな(笑)
トム・コートネイ演じるレジーはもともと「美爺」だけど、ジーンの入居を知りスタッフに文句を付けに行った際、窓から外を眺める顔に浮かぶ青年の面影が素晴らしい。ルックスどうこうを差し引いても、作中、ああ昔は若かったのだと感じさせられたのは彼だけだ。
ジーンとレジーが再会した日は曇天だったのが、一緒に散歩しベンチで語り合うまでになる場面では後ろに枯れ葉が舞うのが印象的。枯れ葉の舞いこそ美しいのだと思う。


スタッフから仲間にまで及ぶウィルフのセクハラは、中盤、老いに対するあがきでもあることが分かる。でも(受け取り方の如何とはいえ)例えようもない嫌悪感が染み付いてる身としては、暴力だとしか思えないから、「そういうことがある」という意味合いじゃなく、コメディの要素、あるいは、それを受け流すことが皆の幸せ、みたいなふうに使われるのは受け入れ難い。