やわらかい手


2ヶ月の公開中最後の週末、Bunkamuraル・シネマにて。満席でした。



マギー(マリアンヌ・フェイスフル)はロンドン郊外に暮らす初老の女性。病気の孫の治療費を稼ぐため求人を見て飛び込んだ「接客業」は、穴の開いた壁のこちら側から男性器をしごくというものだった。戸惑いつつ仕事をこなす彼女だが、その柔らかい手は評判を呼び、店には行列ができるようになる。


お店のオーナーのミキ(ミキ・マノイロヴィッチ)とマギーは惹かれあい、ある日夕食をともにする。終電ちかく、駅までの道を歩く二人。「あなたの笑顔が好き」とマギーが言うと、ミキは「君の歩く姿が好きだ」と応える。
映画が終わった後、トイレに並んでいると、女性二人が「それにしてもマリアンヌ・フェイスフルの歩き方、色気なかったよね〜」と話していた。60を過ぎ顎にも下腹にも肉がついた彼女は、作中、毎日同じ暗褐色のスカートとブーツでよちよち歩く。ミキとの「何か」を得ても、服装も歩き方も変わらない…ただし髪留めは金のバレッタになる。
自慢だけど私も、これまで何度か「歩く姿が好き」と言われたことがある。ちなみに私の場合は、同じ身長の女性の内ならおそらく一番大股じゃないかと思われる、がしがししたもの。意味は違えど、同じこと言われてる〜と嬉しかった(笑)


「ゴッドハンド」の持ち主であるマギーは、隣のブースが空だとみっともないからという理由で解雇された同僚に「うぶなふりして、お客を盗んで!」と非難される。
英語では聞き逃したので実際のニュアンスは分からないけど、確かに彼女はうぶだ。「性的に奥手」という意味でなく、たんに素直。子どもっぽい歩き方にもそれが表れている。たとえばライバル店から引き抜きの話が来ると、ミキに打ち明ける。「あとは俺がなんとかするから」と彼。さほど感謝の色も見せないマギー(笑)困るときには困る、頑張るときには頑張る、言いたいことは言う。そういうやり方は、何もなければ流されるだけだが、何かあれば…新たな世界に踏み込めば…変化につながる。


そして、うぶな人間には友達がいない…本来いないものなのだ、ということを思った。ハードボイルドな感を受けた。
マギーの息子は夫亡き後の寂しさを気遣うが、彼女は一人ぼっちの生活にさほど何も感じていないようだ。近所の同年代の女性に誘われれば出かけてゆく。彼女たちは揃いも揃って、私の目からするとカタログモデルのような…四角四面の美しさを備えた老婦人で、メンテナンスしていないふうのマギーとは対照的だ。
お茶の席で「秘密」を問い詰められたマギーは、自分の仕事について話す。すると彼女たちは「その…なんていうか、ときには大きいものにも遭うの?」というようなことを言う(劇場では大きな笑いが。私も一応笑った)
女の性欲は、たいていの場合、その対象は「好きな男」のものか、あるいはあらゆる「性器」、のどちらかに描かれることが多い。「好きだから」とか「性器ならなんでもいい」とかそういうことでなく、好きなタイプの、あるいは許容範囲内の顔や体、加えてそれについてるものに見たりさわったりしたいのだという、私にとっては普通の感覚がないので、いつも違和感を感じる。ちょっと話がそれた。


ミキが「いつか行きたい」とマギーに見せるマヨルカ島の写真は、カウリスマキがかつて日本企業のために作ったCMに出てくる海の写真を思い出させた。