密偵



終盤、ああ確かに「密偵」だ、と興奮するけれども、多くのスパイもののように、誰が裏切り者なのかというスリルや駆け引きを楽しむのではなく、ソン・ガンホ演じる日本警察の密偵イ・ジョンチュルの、動く心に裏打ちされた言動、生き方、あるいは運命を見る映画だった。


話はイ・ジョンチュル、義烈団リーダーのキム・ウジン(コン・ユ)、義烈団団長のチョン・チェサン(イ・ビョンホン)の三人が朝食を共にするシーンから走り始める。ビョンホンの隣のコン・ユの「これがうちの団長だぞ!」てな顔つきがとてもよく、前夜に酔ったふりでの騙し合いの席でイ・ジョンチュルが口にした「男は自分を認めてくれる男に忠誠を誓うものだ」という言葉の真意…出まかせなのか、そう思っているのか、そうであって欲しいと思っているのか…を考えた。その後のシーンに、そうだ、この映画は夜にも波の途切れない海みたいだと思う。


支配する日本人のいないところでイ・ジョンチュルと「ハシモト」(オム・テグ)の朝鮮人二人が争う場面は何とも奇妙に映る。東(鶴見辰吾)の不在が大きければ大きいほど、このおかしな構図は際立つ。これも加害者の策略かと思う。中盤イ・ジョンチュルがこれまでとは違う類の嘘をつき始めた(と観客に分かる)場面から、ハシモトがこれまでとは違うふうに、突如単純な人間に見え始めるのが面白い。ここへきて初めて二人がうまくやっていけそうにすら感じられるのは、イ・ジョンチュルが「降りた」ことをハシモトが感じ取ったからだろうか。


(以下「ネタバレ」です)


イ・ジョンチュルがハシモトを殺した後の「もっと賢く振る舞っていれば(だったかな?)」とは不思議なセリフだ。冒頭、義烈団のメンバーである旧友キム・ジャンオク(パク・ヒスン)に「沈む船から逃げ出すのか」と言われ「命があってこそだ」と説得していたのとは基底が違う。列車の中で作中唯一の特殊効果?が使われるあの場面において、決定的に変わったのかなと考えた。彼が「軽くてびっくりした」と言うある物をずっと持っていたのは、獄中のキム・ウジンが小さな窓からの日溜まりに顔を寄せるのと似ているような気がした。