しあわせな人生の選択



雪の降り積もる静かな朝、住宅街の一角にタクシーが停まる。男が台所で飲み終えるコーヒーのカップに英国の兵隊さん(私にとっては「ズール戦争」でケイン様が着ている、すなわちあの頃の英国の軍服)のイラストが付いているのでどこなのかなと思っていたら、家を出る時にカナダの国旗が目に入る。どこへ行くのかなと思っていたら、鳴り始めるギターの調べとパスポートの文字、到着したホテルの国旗でスペインと分かる。朝から落ち着いていた男の様子がアパートの階段を上るあたりで怪しくなり、少々妙な様子で相手と顔を合わせる。やって来たのはトマス(ハビエル・カマラ)、ドアを開けたのはフリアン(リカルド・ダリン)である。


始めのうち、フリアンの「死」につき、「俺は一年前から考えてたがお前は今考え始めた」二人の気持ちが添わないのは当然で、食事をとりたくなるタイミングも合わない。とはいえ準備万端であるふうの、「死への誘い」なんて本を手に「観光ガイドみたいなものだ」と言うフリアンの方も、連れ立って出掛ける中で心が揺れたり決意を翻したりする。一番大きなそれは「トルーマン(原題「Truman」)」のことだが、オープニングクレジットの始めがトマスの出発に重なるリカルド・ダリンの名前であるのが印象的だったのもむべなるかな、この話の語り手はあくまでもダリン演じるフリアンに付き添うトマスの方だったのだと、ちょっとした叙述トリックに掛かった気もする。


フリアンは既婚女性とのセックスが趣味で、レストランで「被害者」の男に二度遭遇する。一度目は「見えないふりをしてる」相手に自ら近付いてゆき、二度目は病気のことを耳にした相手が嫌がらせのように寄ってくる。映画はこうしたことにつき、フリアンにも彼らにもどうとも判断を下さない。トマスだって近くにいたら「被害者」だったかもしれないが、そんなことを考えるのは無意味で、大切なのは彼の「フリアンのことを誇りに思ってる」と、「1983年」のあの写真を待ち受けにしているってこと。ラスト、フリアンはその「愛」に「Truman」を託すのだ。


フリアンの従姉妹のパウラ(ドロシス・フォンシ)とトマスは以前から性的に惹かれ合っており、フリアンはそのことを感じ取っている。終盤二人がするセックスはよく聞く説によるのかなと思うけど、私には実はよく分からない、というか全然実感できない。代わり、じゃないけど思ったことに、フリアンは自らの葬儀の見積もりを取りに来た際「遺灰が全て骨壷に入りきるのか」と質問し「焼けばその位になります」と返されて動揺していたものだけど、確かにそうだ、自分のセックスした誰もが死んだらあんな物に入りきるのかと考えた(自分の死を感じられない私はそちらの立場で想像してしまうというわけ)


物語の出発点はカナダ、主な舞台はマドリード、フリアンとトマスの故郷はブエノスアイレス(支配人いわく「アルゼンチンの役者に仕事はなかった」)、パウラにはイタリアの血が入っており、フリアンの息子はアムステルダムでボート暮らしだがブエノスアイレスに移るという、その恋人はパリ出身。フリアンは英語だけ話せない。色んな国が出てくるものだと思ったけれど、考えたらアジア人にとってのアジア内ってもうこんな感じかもしれない。