幸せパズル



ブエノスアイレスで夫と息子二人と暮らす主婦マリア。50歳の誕生日プレゼントを切っ掛けにジグゾーパズルの面白さに目覚めた彼女は、パズル大会のパートナー募集の告知に目を留め連絡を取る。相手の富豪紳士は彼女を気に入り、週に二度のレッスンが始まった。


冒頭、とても柔らかそうなパン生地を切り分け、いい音を立てる鶏の丸焼きを裂く手。指の細い、爪の小さな、少女のような手は、作中何度もアップになる。しばらく後に映る顔は、イチ専業主婦というには美しすぎる面差し。戦闘遺伝子のないシガニー・ウィーバーという印象を受けた。
大勢にてきぱきと料理を振る舞い「私はあとで(食事する)」と言うマリアが、そのパーティの主役だというオープニングが面白い。アルゼンチンには誕生日を迎える当人が客をもてなす習慣があるそうだけど、それだけじゃないと思わされる。後の息子の「みんな母さん頼りだな」というセリフや、彼女の帰宅が遅い日に息子たちが炊事した跡の惨状から、彼女は要領が良く綺麗好きで、自分でやるのが一番ラクなのかもしれないと想像する。ダンナも落ちた皿くらい拾えよと思うけど(笑)


チラシでは「Shall We ダンス?」が匂わされてるけど、そういう内容ではない。「仲間」や「努力」の要素は皆無だし、「パズル」の快感や「大会」の興奮(がこちらに伝わってくること)も、新たに知る「世界の広さ」もない。ただただ主人公が体験し、感じること、その変化が描かれるだけ。それがなかなか面白い。最初から最後まで貫かれる、独特の緊張感がいい。
マリアはもともと友達もおらず、パズルがらみで知り合う女は、彼女が富豪紳士に好かれてるというんで嫌がらせしてくるようなのだけ。その替わり「パズル」を介さない、紳士宅のメイドやパソコン屋?の店番の女性との、ほんのちょっとしたやりとりが楽しい。
特に面白いのがメイドとのやりとり。日頃の自分の役割を仕事としている、そう年の変わらない彼女に、マリアは興味を持つ。紳士に自作のお菓子を味わってもらえなかった次回、メイドに「どうだった?」と聞くのが印象的。


夫の表情がとてもよかった。夜中にパズルに夢中の妻をなじり「あなたたちこそおかしいわ」と言われた後の、子どものようなべそかき顔。大会の夜、遅く帰って来た妻にベッドの中で後ろから抱きしめられた時の、いかにも満足そうな顔。
こうした類の物語では、主人公は「パートナー」といわゆる倦怠期にあり、自分を「性的」な存在として扱ってくれる相手に出会い心惹かれる…という展開が多いけど、本作はそうじゃないのがいい。冒頭から、マリアと夫のセックス、というか、夫婦間のセックスが日常的なものであることが示される。お互いに誘い合い、楽しんでいる。とりわけ夫は熱心で、出掛ける際のキスや「愛してるよ」のセリフは性的なそれだ。一方マリア自身の感じるエロスは、他人との行為だけでなく、素足の快感や体を丁寧に洗うなど、自分の体を確認するような場面にも表れている。


マリアが持参したお菓子を食べようとしない時点で、紳士もまた、お金と暇があるだけで同じじゃないかと思った。もっともそうしたことが悲観的に描かれているわけではない。知らないより色々知ったほうがいい。