ブラック・シー



直近では「第九軍団のワシ」が最高!だったケヴィン・マクドナルドの、しかも潜水艦ものというので楽しみにしていた作品。「潜水艦もの」として想像してたのとはちょっと違うけど、十分満足。


オープニングは鉤十字。戦時中の記録映像が「血塗られた」演出により提示される。数日前に見た「あの日のように抱きしめて」のクリスティアン・ペッツォルト監督が「今のドイツ映画で描かれるヒトラーはエンターテイナーのようなもの」と語っているのを読んだばかりなので、これもそうだろうかと考えた(本作はイギリス・ドイツ合作だけども)
場面換わってジュード・ロウ演じる主人公ロビンソンの後頭部のどアップ。がっしりと太い首がいかにも肉体労働者らしい。私はジュードのことが苦手なんだけど、本作の彼はよかった。ベルトをばっ!と外して見せる場面なんて素晴らしい。30年間船に乗り、11年間同じ企業で「無契約で」働いてきた元海軍のロビンソンは数分で解雇されてしまう。パブで仲間は「今の世の中、金のない奴はくそ扱いだ」と言う。これが彼の抱える問題である。


ロシアの旧式潜水艦に乗り込むにあたり、艦長のロビンソンはメンバーとして「半分はイギリス人、半分はロシア人」を集める。「いかれているが潜水技術はぴかいち」「ロシア海軍イチの聴力の持ち主」なんてセリフと共に後にバスで出発する際の彼らのアップが入るくだりには、「大作戦」につきもののわくわく感が漂う。しかし本作は「崖っぷち男達が一致団結して大逆転」という痛快活劇ではない。「そうならない」理由こそが執拗に描写される。
彼らの目的は、黒海のロシア艦隊に見つからないよう(「祖国の船から隠れなきゃならないとはな」とのセリフが可笑しい)Uボートに残された金塊をサルベージすることであり、「戦闘」シーンは無い。潜水艦ものの見慣れた要素が少ない代わりに、潜水艦を舞台とした毛色の変わったアクションシーンがある。Uボートからシャフトと金塊を運び出すくだりに「恐怖の報酬」を思い出して(端的に言うと、脚が轢かれやしないかと)どきどきしたものだけど、後で公式サイトをチェックしたら、監督は「恐怖の報酬」と「黄金」を参照したそう。潜水艦を舞台にしてはいるけれど、基本的には金にとりつかれた男達のドラマってことだ。


ロビンソンはお宝を「山分け」することにこだわるが、イギリス人の一部は、ロシアならその価値が10倍になるだろうというので不満を抱く。風習も違えば直接言葉の通じない二国間の亀裂は次第に大きくなる。同国人の間でも意思の相違による衝突がある。その影響下において、小さなミスが大事故に繋がる(正直、ベン・メンデルソーンの厄介者ぶりには笑ってしまった)潜水艦ものといえば「一度きりのチャンスに賭ける」クライマックスに興奮するものが多いけど、本作は登場人物のドラマにより何度も「チャンス」の内容が変わる。そのため、「慣れ」の問題なのかもしれないけど、少々集中力がそがれてしまった。
終盤、生還よりも金にこだわり「奴らは俺達から何もかも奪う」と叫ぶロビンソンに、ロシア人が「奴らって誰だ、お前の方がひどい」と返す。ロビンソンの属するシステムは、戦時中でもなければイギリス人とロシア人で構成されている潜水艦の中の世界とは重なっていなかった。元より急ごしらえのチームに命を賭けるなんて、無茶だったのだ。