ベルファスト71



まだうら若い主人公のゲイリー・フック(ジャック・オコンネル)が「軍隊へようこそ」と言われるオープニング。こんな言葉で始まる映画を見る時の気持ち、胸の痛みが、少し前と今とじゃ全然違う。一番はっとさせられたのは、冒頭新兵の彼が訓練の際に叩き込まれたのと同じことを、終盤対峙する「敵」(「兵士」ではない)も先輩に言われているという点。「殺人じゃない、戦争なんだ、考えるな、男になれ」。そこまで来て自分が殺人に巻き込まれていることに気付いて「No!」と叫んでも、もう遅い。


北アイルランドベルファストの風景に「'71」とタイトルが抜かれるまでの冒頭数分の内に、ゲイリーは軍隊に入り、訓練を終え、任地に向かう。ベルファストについて上司は「外国へ行くわけじゃない」。言われたゲイリーは自分も弟にそう告げるが、「海を渡る」際に何やら感じたのか瞳に一抹の陰りが見える。「外国に行くわけじゃない」と赴いた兵士達がこれまでどれだけいたことかと思う。ベルファストに到着した兵士達は、「外国じゃない」はずの土地の事情を初めて学ぶ。ゲイリーは最後まで部屋に残ってメモを取る。


「話せば分かる」との上司の言でヘルメットを置きベレー帽で出動したイギリス軍に、まず子ども達が小便爆弾を投げ付ける。兵士達は笑って済ませる。更に進むと、女達が舗道のゴミ箱のフタを揃ってがんがん鳴らし威嚇する。事態を軽く見ている兵士達が、始めあきれたり苦笑いしたりしているのが「リアル」。そのうちそこここから人が集まってくる。銃を奪った少年を追うゲイリーはもう一人の仲間と置き去りにされ、命からがら逃げのびる。何なんだこれは、と見ているこちらも動悸が止まらない。


ゲイリーの視点で物語を紡いでゆくのかと思いきや、映画は彼の知り得ない、一人のイギリス兵を巡るベルファストの人々の攻防も描く。やがてそれが瀕死のゲイリーに迫ってくる。見ているうち、ゲイリーにとっては初めてのことばかりでも、現地の人々にとってはそうしたこと…暴力や諜報活動が日常の延長なのだと分かる。逃亡中にゲイリーが耳にするのは昼間なら子どもの遊び声や犬の吠え声、夜には若者の嬌声やまた犬の声、しかしふと「目覚めて」見下ろすと、街中に火の手が上がっている。


ゲイリーはIRAに父親を殺されたという通りすがりの少年に道案内される。少年がバーのカウンターでポテトチップスを注文するところで笑ってしまい、あっ、この笑いって、小便爆弾を投げ付けられた兵士達のとそう変わらないんじゃないかと気付く(どこかに「所詮は子ども」という意識があるのではと思う)映画のくれるこういう瞬間って稀有なものだ。


ゲイリーを助けた元衛生兵は娘の部屋に彼を寝かせる。枕元にあるのがボウイのインタビューが掲載されている新聞。「世界を売った男」の頃の長髪の、私の好きな写真だった。「リアルタイム」では例えばああいう子が聞いていたのかと思った。ゲイリーは「女の子向けだろう」と一言で片付けるけど(笑)あのインタビューの内容はどんなものだったろう?