落語研究会 昭和の名人 八



公開初日、東劇にて観賞。
八回記念?企画として、ロビーに「壱」から「八」までのポスターが展示されていた。全部見てきたのかあと感慨深く眺める。よく見ると同じ写真が使い回されている…のは仕方ないか、落語家だもの(笑)


今回のプログラムは三遊亭円生「首提灯」/桂文楽明烏」/春風亭柳朝粗忽の釘」/桂文治「二十四孝」。入れ替え無しだから、最初も「トリ」も円生にした。
柳朝を「見る」のは初めて。暇な時は釘にぶらさがってろと言われたおかみさんが「嫌だよ、富永一朗の漫画に出てくる女の人じゃないんだから」とか何とか言う台詞の意味が分からなかった(同居人も分からなかったそう/富永一朗はかつての名古屋人としてのみ知っている・笑)志ん朝もそうだけど、「今」をちゃきちゃき取り入れているのが面白くも潔くも感じられる。
「平成12年」に録画された文治の「二十四孝」の枕は「昨今は家庭内暴力が問題となっていますが…」。古典落語においては暴力が当たり前なので、現実に引き寄せられて妙な感じもする。柳朝、文治と未知の、過去の落語家を続けて見て、当たり前ながら、どんな落語家にも、あるいは名を残す落語家には「個性」があるものだと思う。
映像で見る円生はいつもチャーミングで心を掴まれる。上って早々にお茶を飲む姿に近年の円丈を思い出す(似ているというわけではなく、お茶を飲む時には大抵師匠の話を持ち出すから・笑)枕の「蒟蒻屋で働く下半身が(鉢巻きじゃない、ふんどしを締めて)喋る姿」をスクリーンで初めて見て、上下を切る時の角度などを楽しんでいたら、それどころじゃなく首もずれていくんだった(笑)それにしてもお侍とのやりとりの最中の、もしかしたら取り返しがつかないんじゃないかという、そこはかとない怖さよ。