ハミングバード




「山に送り込まれ人を殺すよう命じられるんだ
 戻ってくることは考慮されてない」


アフガニスタンで特殊部隊を率いていた軍曹のジョセフ・スミス(ジェイソン・ステイサム)は、ある事件の後、軍法会議を逃れロンドンのハーレムで路上生活を送っていた。しかし親しくしていた少女が拉致されたことを切っ掛けに、動き出そうと決意する。


路地に現れた二人の男が、ホームレス達に暴力を振るう。始めステイサムと分からなかった男が、少女に言われた通り逆らわず散々蹴られた後に反撃、逃亡し、とあるアパートメントの一室に逃げ込む。「芸術的」な男の裸の写真の数々。侵入者の彼も「彼ら」と変わらぬ美しさを持つが、こちらの体は傷だらけ。シャワーを浴びて鏡を見る、おそらく本当に久しぶりなんだろう、曇りをぬぐってよく見る。髪を剃った後にまた見る。
理由が説明できないけど、映像に「説得力」がある。戦車の中で「やられる」場面、フラッシュバックを体験する場面、妄想を見る場面の鮮烈なこと。ジョセフが「仕事」で暴力を振るう前に視点が「監視カメラ」に切り替わるのは、彼が「見張られている」という思いに囚われていることの表れだろうか(彼を悩ます、それこそが「ハミングバード」/それとも「実際に」カメラがあったのか?)
他にもちょっとした、例えばジョセフが冷蔵庫に残されていた酒を飲むが吐いてしまう、しかしまた飲む、修道女のクリスティナが酒を飲んでくらくらし色んなことを口にする、スーパーマーケットでジョセフと遭遇した妻が物を投げ付けてくる…これら全てが「分かる」。こういうところに引き付けられた。


全編通じて、ジョセフとクリスティナのやりとりがいい。作中初めての二人の会話は「噛み合わない」が、それはどうしようもないことなのだと伝わってくる。身奇麗な格好で後ろ向きに現れた顔馴染みの男に「服をどうしたの、警察に通報するわよ」と「悪事」を気に掛けるクリスティナだが、結局「神にもらった」500ポンドを受け取る。この物語における「お金」は、本来お金で償えるはずのないものがたくさんある、それこそがまさに、世界で最もどうしようもないことである、ということを表している。
そもそもジョセフが高級アパートの一室を勝手に使うというのがまず(後に「支払う」としても)、世界のどうしようもなさの表れに思われた(だって、償ってもらえないなら、それくらいいいじゃないか?)彼とクリスティナとの、物語の始めの「噛み合わなさ」は、彼女が彼ほどそのことを実感していないからだ。
「仕事」を得たジョセフが炊き出しに寄付することで二人の間は暫定的に落ち着くが、クリスマスの食肉市場でのやりとりで衝突が起こる。しかし冒頭同様、実に「詮無い」ことが伝わってくる。これはもう、体で表現するしかないなと思っていたら、空になったテーブルの上で、クリスティナはそっと手に手を乗せる。
終盤、ジョセフはクリスティナに対し「君とのひと夏」という言い方をするけど、物語の冒頭は「2月」。彼が彼女との「夏」を感じ始めたのはいつだろう?


これだけ書いておいて何だけど、この映画は、私には、情報の詰め込み方がひどく乱雑に感じられた。それが「新しい」ってことなのかな?見ながらうまく整理できず、終盤はエネルギーが切れてきた(笑)
それでも例えば、少女を殺した犯人の手掛かりを得るため路地に戻ってきたジョセフが男達をぶちのめすと、ホームレスの一人が「いいぞやっちまえ!」と叫ぶ顔が挿入される(この爺さんは作中何度も映る)。それならば、ジョセフが後に犯人を…したニュースに快哉を叫んだ者もいただろうか?いたんじゃないかと思う。そういう想像のできる映画っていい。
見ながら「シャーロック」も思い出していた。アフガニスタン帰りの、軍医とあの立場とじゃ全然「違う」けど、戦場から戻るも社会に適応できない人が、実際たくさんいるんだろう。ジョンにはシャーロックがいてよかった、なんて(笑)それは原作でも描かれてること、すなわち昔から綿々と続く問題ってことか。