小さいおうち



同名タイトルの原作は未読。監督は山田洋次
私としては、この映画は、現代人は「戦争の頃は苦しい一辺倒だった、今はそうじゃないから戦争にはならない」と思ってるけど、そうじゃない、昔も楽しかったけど戦争になった、今だってそうなりうる、いつの間にか人殺しにされたり死んだりするはめになる…というメッセージのように思われた。
反戦を核に、盛りだくさんのあれこれがのんびりぼんやりと描かれており、「恋愛もの」としても「ミステリー」としても大してぐっとこないけど、なんだか面白い映画だった。


冒頭、火葬場でのやりとりの後の、部屋の片付けの場面で引き込まれた。何てことない、何とか荘の一室に身内が集まり作業したり喋ったりしてるだけなんだけど、その服装や身振りが楽しい。
昭和初期、山形の雪の中を東京に向かいながら、黒木華演じる「タキちゃん」が祖母と「ちゃんと東京の言葉を覚えるんだよ」と「微笑ましい」やりとりをする場面の後、倍賞千恵子演じる「タキおばあちゃん」の「東京言葉」の美しいナレーションが入る。更に後に登場する、松たか子演じる時子の話し方は教科書的なほど「きれい」で、タキの話し方の基はそこにあるのかなと思う。こういうところにも惹き付けられた。
タキは最初の勤め先の小中(橋爪功)に「夫婦の間に波風を立てるべきでない」と諭される。この時の彼の表情は醜くさえ見えたけど、後に再度タキの前で語る時の顔は穏やかだ。誰にも色々な面があるとも取れるし、変な言い方だけど、彼が忌む「戦争」によって何かが和らいだとも取れる。全編に渡ってそういう、人間の色んな「感じ」を味わう面白さもあった。


タキが女中として暮らした「小さいおうち」の中には、社会があった。応接間に集まる、旦那様(片岡孝太郎)の会社の男達の集まりは世間の男達の縮図。「戦争」について無節操に喋り捲る様子が、いかにも俗悪に描写される。女達は彼らの世話を笑顔でしながら、陰で「いやねえ」と愚痴をこぼす(ただし非・中流家庭、あるいは年季の入ったおかみさんになると、男達の前で「まったくもう」と嫌味を言える・笑)
男達が語る「戦争」は、今でも他の似たようなことと置き換えられる。「昔」と「今」と、「変わらない」ことが多々ある。例えば「男手」。板倉(吉岡秀隆)は台風の晩、旦那様が不在のおうちに泊まり、あちこち修理する。時子が彼にやたら「頼る」様子には、居てもらいたいからというだけじゃなく、ここぞとばかりに「男手」を使おうとしている感がある。現代では、タキの部屋に入り浸りの、又甥で大学生の健史(妻夫木聡)が何くれとなく彼女の用を足す。帰り際に窓の外から「何か困ったことがあったら言うんだよ、電気とか、ガスとか」と付け加える始末(笑)一方のタキは彼のためにせっせと料理を作る。いずれの描写も「好きでやってる」ふうなのがいい。


本作でどうしたって浮いて感じられるのは、健史のキャラクターだ。冒頭の火葬場の場面で、彼の「おばあちゃんにはいい晩年を過ごす十分な権利があったのに…」という内心の語りの「決め付けぶり」に違和感を覚える(後にそれは「秘密」を背負い続けたタキの思いと対応していると分かるんだけども)。彼は、自分の勧めでタキが書き始めた自叙伝の中の、「支那『事変』」という呼称や、南京陥落のニュースに時子達が「百貨店でバーゲンが」と浮き立つ、小中が皆をとんかつを食べに誘う、などの描写に「思い出を美化しちゃだめだよ」「主観的すぎるよ、もっと客観的にならなきゃ」と「上から目線」で「判断」する。この描写のあまりのしつこさに、本作のテーマは(山田洋次も「知って」いる)当時を生きた人々の日常であり、今の人々は教科書的な知識だけでなく「そのこと」を知る必要がある、というメッセージがこめられていると分かる。
とはいえ健史は、少なくとも私の目には、憎めないやつに映った。タキも彼のことを軽くいなす。「頭はいいのに想像力はないんだねえ」と指摘すると、彼は「そうなんだよ〜」と笑い飛ばす。今更こんな役を妻夫木聡が演っているというのもいい(笑)彼が出ている監督の前作、「東京家族」も見てみようかな。


「長く生きすぎた」とふとした折に嘆き哀しむタキおばあちゃんの姿は、作中出てくるバージニア・リー・バートンの「ちいさなおうち」の「おうち」そのもののようにも感じられる。「秘密」に縛られていたがゆえに変化できなかったのだろうか?もっとも終盤明かされるタキのある行為の理由は、よく分からなかった。小中の言い付けを守ったとも取れるし、時子を慕っていたからとも取れるし、そうかと思えば板倉と憎からず思い合っていたような描写もある。このあたりは、「謎」のままこちらにゆだねられている気もする。
晩年のタキも、ある意味「小さいおうち」に住んでいた。かつての「小さいおうち」の絵を枕元に掲げて、一人で。のんきな現代人の私は、こっちの住いの方がいいなと思ってしまった。だって、「小さいおうち」は本当に素敵だったけど、年取ったらベッドの方が楽に決まってるし、年末の大掃除の大変そうだったこと!(笑)