東ベルリンから来た女



ベルリンの壁崩壊の9年前、1980年の旧東ドイツ(と、冒頭説明文が出る)。田舎町の病院に、東ベルリンから女性医師バルバラ(ニーナ・ホス/原題「Barbara」)がやって来た。


面白かった、まずはとても「肉体的」な映画。娘達が揃って上げている脚、女のはめるゴム手袋、思わぬ徒歩での移動に出来る靴擦れ、隣室の女のあえぎ声。よく「分かる」その感じが、見た瞬間、「理由」込みで体に響いてくる。最後のカーディガン越しの背中は「分からない」けど、その温もりを想像する。
これらは全て「女」の体。「男」の肉体を直接的に感じる場面は無いけど、バルバラの恋人の、彼女にゆるめられた胸元はセクシーだし、同僚のアンドレが料理の際に下を向いたまま話しかけてくる佇まい、あのショットには、とてもぐっときた。


「時間より早くは来ない」バルバラはベンチにタバコで時間をつぶし、初出勤。同僚のアンドレの容姿はマカヴォイを実際的にした感じ、仕事が出来て適度に人懐こい。私なら即、仲良くなるけど、彼女は冷淡。何かあるんだ、と思う。それはゆっくり確実に語られていく。
バルバラのファッションがとてもいい。いつも履いてる靴が好み。鞄も毎日同じ。膝丈の、形の異なるデニムのスカート二着、暖色や紺色のカーディガン、何枚かのシャツやブラウス、それらを着回してるのがいい。「デート」の際の白っぽいワンピースに籠も素敵。西の恋人からの「差し入れ」にまずストッキングが入ってるのに、やっぱりなと思わせられる。
知らないながら郷愁を誘われる「乗り物」も見どころだ。冒頭バルバラが乗ってくるやたら長いバス、赤いシートが可愛い電車、バルバラが毎日使う自転車も、そういや乗り物か(笑)それから西の「ベンツ」(通りがかりの村の爺さんいわく「わしは車を買ったら8日で届いたけど、あんたはどうだった?」)


BGMは一切無く、「音楽」といえば恋人が流しているラジオのムードたっぷりのジャズと、バルバラがピアノで弾くショパンノクターンくらい。エンディングの「At last I am free」が効いており、奇妙な感慨を覚えた。ライブバージョンだったけど、いつ頃のものなのかな?
全編に散りばめられた「音」は豊かだ。いつ部屋に踏み込まれるかと、自宅では常に耳をすませているバルバラの姿に、こちらも敏感になる。ラストシーンもまず「音」で心動かされる。病室や医師の控え室の静けさと、廊下のざわめきの予感、実際に出てみての確かなざわめき、そして煉瓦作りのどっしりした病院を出た外の、煩いくらいの鳥の鳴き声や風の音。きっと近くに海があると思っていたから、程無くアンドレの「この先は海なんだ、行ってみない?」というセリフに嬉しくなる。しかしバルバラは「海は嫌いなの、ごめんなさい」と断ってしまう。


好きなのは、病院の食堂で、バルバラアンドレの仲を慮って席を外す同僚のにやりとした顔。当初あれだけ冷淡に振舞っていても悪く思われない、バルバラという人間の根っこを思う。