戦火の馬



公開初日、新宿ピカデリーにて観賞。とても面白かった。劇場で観てうわーっと楽しむ映画。話の作りに、子どもの頃大好きだったジャック・ロンドンの「白い牙」を思い出した。


映画は子馬の誕生に始まる。後にジョーイと名付けられる、この馬に魅せられた青年アルバートがポケットからひょいとリンゴを出してみせる、何てことない場面にもう心が奪われる。
私が一番好きなのは冒頭の農場での一幕。このあたりはサイレント映画ぽい。笑うべきところにはそれらしい、哀しむべきところにはそれらしい音楽が執拗に流れる。アルバートの父のズボンの裾をひっぱるガチョウに笑い、大雨でダメになった畑に嘆息する、場内はそんな反応に満ちていた。ジョーイが畑を耕すのに成功した時には、見知らぬ隣席の人と手を取り合って喜びたくなった。以降は色んな国の人が英語喋ったり喋らなかったりでややこしくなるので、もうサイレントでもいいやと思う(笑)もっとも「馬視点」とも言える映画だから、言葉は作中の誰かでなくこちらに向かってるもので、通じればどんな言語だろうと関係ないってことだろうか。ともかく最後には、再びこの農場に、言葉のないラストシーンがめぐってくる。


登場人物が移り変わっていく様がいい。アルバートからジョーイを「預かった」英国軍の将校が騎馬隊の一員として奇襲を掛けると、カメラはドイツ軍の方にすっと移る。ひげを剃ったり朝食の用意をしたりする若者達の様子に、今度はそちらに心が添う。終盤には、ジョーイら馬がほうほうの体で運んだ大砲が点火され、えっあんなに遠くまで届くの?と驚いていると、その「先」に居るのは…といった具合。出てくるのがほぼ無名の役者ばかりなのも効いている。
貧しい農場で働く青年に、戦争の何が分かるのか。ジョーイを軍馬として売られたアルバートは自分もと志願するが、年が満たず却下される。「鐘が鳴ったら戦争の始まり、終わるまで鳴らない」とセリフにある通り、ただ鐘から鐘までが戦争。最後にアルバートがジョーイに「おれたちツイてたよな」と語りかけるように、その間に出来ることは、生き抜いて、できれば誰かを助けること、ただそれだけなのだと思った。
中には亡くなる者もいるが、どの死もきれいに描かれている。間接的だったり、言葉で語られたり。とあるもの越しの射殺場面には、作中最も心惹かれた。


本作では、馬はどこまでいっても馬だ。しかし一頭の時はそれほどじゃないのが、二頭(以上)になると少々擬人化めいた空気も流れる。ジョーイが軍馬として連れて行かれた先で、黒馬のカットが入った瞬間、あまたの映画でクセの付けられた「擬人化脳」とでもいうものが働いて、「よう、新入りか」とでもセリフを付けてしまいそうになる(笑)慣れない仕事を嫌がる黒馬に向かってジョーイが「オレはやるぜ」の場面には吹き出してしまった。


スクリーンに映っていない「向こう」の存在が、恐怖や笑いを呼ぶ。娘が馬を駆って丘を越えたまま戻ってこない、ドイツ兵が壕の中に向かって工具をよこせと怒鳴る、など。ああいうシンプルなの、映画だよなあと思う。