木漏れ日の家で



ポーランドの田舎町、老婦人アニェラは愛犬フィラデルフィアと古い屋敷に暮らしている。
「誰かに紅茶を入れてもらえたら…」と思いながら独り暮らす主人公が、自身の意志でもって、そうした環境を得て「天に召され」る物語だった。


冒頭、町の女医に不躾な言葉を吐かれたアニェラは、クソっと吐き捨てて部屋を出る。雑踏に戸惑うかのような上品な老婦人の顔に、彼女の内心のののしりが重なる映像が可笑しい。アニェラは犬のフィラに向かって喋るだけでなく、独り言も言えば、口に出さずとも心の中でつぶやき続け、映画は彼女の語りで埋め尽くされる。
アニェラは好奇心が旺盛で怒りっぽく、気まぐれだ。意に沿わないフィラに対し「(侮蔑の意味で)あんたの前世は踊り子ね」とか何とか、散々文句を言ったすぐ後に「ついておいで」と主人面をする。孫に向かって「クジラみたいなデブ」と言った後、泣く彼女の頭を撫でようとして拒否される場面では、犬と人間は違うな〜と思ってしまった(笑)



舞台はほぼ古ぼけた大きな屋敷の中のみ、息子や隣人の車から、かろうじて「今」の話だと分かる。
ポーランドの歴史や社会情勢が、セリフの端々に垣間見える。孫にせっつかれた息子がそそくさと帰った後、アニェラはピアノに向かいながら「同志を同居させるよう言われたからそうしただけ」とつぶやく。孫に家の中を見せて回りながら「ここはロシア人を閉じ込めておいた部屋」と言う。二階の窓に現れた少年は、自分たちが通う音楽教室(粗末な「バラック」)のことを「シベリア」と呼び、金持ちの悪口を言う。彼らがやたら「デブ」を囃し立てる背景には、そういう事情があるのかもしれない。ちなみにこの少年は顔つきも登場シーンも素晴らしかった、外壁をつたい降りる場面が忘れられない。
アニェラは鏡の中や庭先に、かつての自分や息子の姿を見る。しかし彼女が思い浮かべるのは、若い、とある時期の自分の姿と、同じく一定の時期の息子の姿ばかり。この家に何十年も暮らしてきて、その時だけが振り返りたい時期なんだろうか?と不思議に思った。


フィラ役の犬はとても可愛い。「自然」な感じでありながら、「言うことをきかない」演技、「言うことをきく」演技ができるってすごい。
出てくる食べ物は美味しそうには見えないトーストと紅茶、来客時の梨くらい。テラスのテーブルは気持ちよさそうだけど、体が心配になってしまう(笑)朝の組み合わせには、年寄りの一人暮らしつながりでケイン様の「狼たちの処刑台」を思い出した。家の周りの環境はさておき、私なら、歳取ってから暮らすなら、掃除が簡単に済むあっちの方がいいな。