牛の鈴音


「こういう人間がいる」「こういう生活がある」という、ドキュメンタリーを観る楽しさをシンプルに味わえる内容の作品。ただ、ドラマチックな演出の多さに、少々居心地の悪さを感じた。



韓国の山間の農村。爺さん79歳、婆さん76歳、メス牛40歳。年寄りばかりのよぼよぼの暮らし。


オープニングは、長い階段をはいつくばるように上る老夫婦の姿。当たり前のことながら、年をとると自分もああなるんだ〜と思い知らされる。
爺さんの農作業のパートナーは、40数年生きるメス牛(通常の寿命は15年)。こびりついて取れない泥汚れ、やせこけたお尻の形状、年を重ねた生き物の身体は歴史を持つ木のようだ。後半やたらアップになる爺さんの顔(鼻毛がすごい)にもそう思わせられる。
冒頭からとにかく「老」づくしなので、牛市場で暴れまわる若い牛たちの姿に、違う世界に迷い込んだかのような感覚を覚えた。大体年寄りに、若い動物なんて使いこなせるものだろうか?


「休むのは死んでから」という爺さんは、起きている間中動いているが、脚が悪いこともあり、仕事ははかどらない。おまけに機械も農薬も使わないとくれば、婆さんが文句を言うのは仕方ない。自分だけうちで寝てるわけにいかないもの。
「16で嫁いだ」婆さんいわく「幸せとは、体が丈夫でよく働き、農薬を使って楽させてくれる男と結婚すること」。終盤になって事態が動きだすと、彼女の顔がゆるんでくるのでほっとする。新たに飼い始めた若い牛にタイヤを引かせてトレーニングをするも、なかなか思うようにいかず、爺さんが困り果てるシーン。作中ほぼ唯一の、婆さんのはじけるような笑顔が見られ、牛には可哀そうだけど、平和な光景だなあと思った。


この映画は、とても煩い。でも田舎って、こういう側面もある。おおいばりする虫の声、呼吸のように止まない牛の鈴音、豪雨や近隣の農作機械のうなりもバリエーションを付ける。もう何年も訪ねていない、北陸で農業を営む父の実家を思い出した。