ディア・ドクター


新宿武蔵野館にて観賞。久々に立ち見も出る盛況ぶりだった。


山あいの村でたった一人の医師・伊野(笑福亭鶴瓶)をめぐる物語。住民の命を一手に引き受け、尊敬を集めていた「先生」は、ある日突然姿を消した。


こんなにきれいにまとまっている映画って久しぶりだと思った。田舎道の暗がりの白衣に目を惹かれ、何が起こったんだ?と心動かされる冒頭から、過去へと遡り、伊野を追う刑事を据えて周囲の皆の証言を挟むという構成もすっきりしており、すんなり入り込める。
一つ一つの画面も、いい言い方じゃないけど、教科書みたいにきれい。八千草薫の使う三面鏡の、口紅の減り方などじっと見てしまった(勿論、ブラシや指で使えばああいうふうになる)。画面じゃないけど、看護師役の余貴美子の爪が面白い切りそろえ方をされてたのも目を引いた。
それから、雰囲気がくらもちふさこっぽいなとも思った。田舎が舞台だから天コケを思い出したわけではなく、例えば冒頭、瑛太が田んぼを必死で漁るシーンや、香川照之が刑事の前であることをして見せるシーンなど、ああいう、日常の中にぽっと浮かび上がる誰かの行動というのが、それっぽい。



映画は、ブルースで始まりブルースで終わる。はじめ、終戦直後の田舎が舞台の「ニセ札」(感想)で流れたチャールストン?の許しがたいダサさを思い出してしまったけど、そういうふうにはならなかった(笑)作中の音楽は、BGMでなく実際に流れていることが多いんだけど、最後に朝っぱらからブルースハープを吹いてる男がいたのには笑ってしまった。


面白かったのが、夫を亡くし一人で暮らす八千草薫の色気。「今はもう見られない」類の…というのは実はウソで、自分の母にも祖母にもない、いや、これまで接したことのない、幻の色気。玄関で血を吐いて倒れた時の「(先生が)汚れちゃう…」から「なんとかして」までが秀逸。母親の体を心配する娘をあしらう会話のセンスには、ユーモアに色気が介在するって、あらためて気付いた。
勿論これらは、八千草薫が演じているから、言わされてる感もなく、また(一般的に「色気」から遠いものとされる)お年寄りだから、純粋な「色気」として立ち上がってくるのだ。


瑛太の、白衣の下から伸びたすねも良かった。中学生の時、塾の英語の先生が、夏は暑いからと「短パン」に白衣を着てたのをふと思い出した。私は男の人の膝から下が(も?)好きで、特に、鍛え過ぎず、すくすく育ったようなやつ。帰り支度をして刑事と相対してるときの、瑛太の足元が気になった。立派なくるぶし、指はちょっと曲った感じ。もともとああいう形なのか、ああいうふうに立ってたのか。


落語ネタが少々。八千草薫が夕食の支度をしながら「ラジカセ」で聴くのは、金原亭馬生の「親子酒」を録音したカセットテープ。もう一つは何かな?


つるべが八千草薫に頼まれて、大葉を刻む?シーン。うちでは大葉を刻むのは同居人と決まっているので(私にはどう頑張っても彼以上に細かく出来ないから)、可笑しかった。