ウェイトレス〜おいしい人生のつくりかた


シャンテシネにて初日に観賞。
先日読んだ、ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」が原作の予告編を観る。映画化されたとは知らなかった。予告を見た限りでは、自分の印象とぜんぜん違うものになっていた。



アメリカの田舎町に住むジェンナ(ケリー・ラッセル)は、「ジョーのダイナー」で働くウェイトレス。パイ作りの腕は天才的だが、横暴な夫のアールは、隣町で開かれるパイ・コンテストへの出場も許さない。
細々と出場資金を貯め、賞金で家出する計画をたてていたある日、妊娠が発覚。さらには産婦人科医のポマター先生と男女の仲になり、暮らしに波風が立ち始める。


リーフレットの写真が往年の「ゴースト」みたいな構図なので、「パイ作りの名人が恋におちるロマンチック・コメディ」かと思っていたら、そうではなかった。普通の女性が、自分で人生の舵を取るまでを描いた物語。今年何本目?という、ああいうラストを迎える映画、そして、作ったものを自分では食べない料理人の映画だ。


冒頭、古く懐かしいかんじの陽射しの中でパイが作られている。
ジェンナは腹が立ったとき、不安になったとき、ときめいたとき、「この気持ちをパイにしたら…」と想像する。「あんな男の子どもは妊娠したくないパイ」「不倫が原因で殺されたくないパイ」といった具合。伸ばした生地に、濃厚なソースがどろりと流し込まれる。
お店で出しているパイははっきり見えないけど、オーナーの偏屈おじいさん・ジョーが、口頭で彼女の最高傑作の描写をしてくれる。まず異国風のスパイス、続いてチョコレート、最後にかすかな苺の味…
そう聞くと繊細なようだけど、少なくとも想像上で作られるパイは、私からすれば、どれもアメリカらしく大胆だ。無造作に放り込まれる、巨大なカマンベールチーズやバナナ。ワイルドな魅力を引き出すかのようにざくざくつぶされていく、オートミールやベリー。昔、東海林さだおが麻婆豆腐について書いたくだりを思い出した。いわく、豆腐の角を保つようなことにこだわるのは日本人だけ(現地ではごはんに乗せて食べるものなので、もとからぐちゃぐちゃだ)。


彼女は、極めて普通の人間だ。新しいお医者さんは、マイケルJフォックスを大柄にしたような男前。だから「はじめはセックスが目的」で飛び付く(産婦人科医となら妊娠中でも安心だ)。そして、これまで「誰かと通じることに飢えていた」から、口にしたことのなかったあれこれを、日々話すようになる。
(先生役のネイサン・フィリオンは、ワンコ顔で結構タイプ。来月公開される「スリザー」での制服姿が良い。かなり遡って「タイムトラベラー」では、アリシアシルバーストーンの厭味な前恋人役)
ちなみに彼女と先生とのシーンには始終、何かを予感させるような空気が漂っている。不穏や爆発といったものではなく、うまく言えないけど、何かが動く前兆のような空気。


以前にも書いたけれど、誰かを愛することは、相手にとっては、それだけでは何の価値もないというのが私の信条。だから、自分が妻を愛しているというだけで全てを治めようとするアールのような人間は、がんばってみても理解できない。でも彼にも事情があるのかもしれない。彼に限らず、ジェンナについても、パイ作りを伝授した母親のことには触れられるものの、育った背景などは一切描かれない。


監督のエイドリアン・シェリー演じる、主人公の冴えない同僚・ドーラは、同じように冴えない、シャツのボタンをきっちりとめた会計士と結婚する。彼の趣味の即興詩はどれもいまいちだが、結婚の誓いの際のものはよかった。君は僕にとっていつも「yes」だ。


それから、ジェンナの最後の格好がとても可愛かった!チープな作りなんだけど、一度着てみたい。