TOVE トーベ


「昔から心の中にあった古い家に、新しい部屋を見つけた」。私にはこれは、未知の自分を探検する物語を、主人公からある程度の距離を保って描いている映画に思われた。それなのに…それだから?映画の終わりにアルマ・ポウスティ演じるトーベの顔が自分に見えた(実際には何もかも似ていないのに)。

映画はトーベ・ヤンソンが、一家の頂点である父親ヴィクトル・ヤンソンロベルト・エンケル)、母親シグネ・ハンマルステン=ヤンソン(カイサ・エルンスト)、自分の三人の芸術家が共有するアトリエを出て「自分ひとりの部屋」を持つのに始まる。戦禍で荒れた室内を片付け、暖房は壊れ水道が通っておらず電気も使えないのを自分の手で住めるまでにする。トーベ自身と言っていいそのアトリエに在るのは仕事と恋(ベッド)…ちなみにこれは、トゥーラ・カルヤライネン著、セルボ貴子・五十嵐淳訳「ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン」の原題である、トーベが自らデザインして使っていた蔵書票に書かれていた「働け、そして愛せよ」そのものである。映画はそこに強くさわやかな風と来訪者(トゥーリッキ・ピエティラ、演ヨアンナ・ハールッティ)が入ってくるのに終わる。

実在の人物を描いたこの映画で最も脚色されているのは恋愛規範への当時(1944年~1960年頃)の社会の態度かもしれない。トーベと既婚者であるアトス・ヴィルタネン(シャンティ・ローニー)、あるいは女性のヴィヴィカ・バンドラー(クリスタ・コソネン、同ザイダ・バリルート監督「マイアミ」の姉役)がベッドにいた、いるのを大家や使用人に見られてもその場の誰もが普通にしている場面からは、女性やそうした関係が差別、弾圧されていた真実よりもあらまほしき姿を描こうという姿勢が伺える。尤もパリのヴィヴィカからの手紙の「噂になるから差出人の名前を変えて」や二人が隠語として使い最後には実際に歩く「リヴ・ゴーシュ(セーヌ川左岸)」といった言葉などで同性愛が抑圧されていたことは示されているけれども。

もう一つの目立った脚色いや特徴は、男はアトスだけ、女はヴィヴィカだけ、とのそれぞれの関係がトーベに与えた影響をシンプルに、はっきりさせている点(そもそもがその関係自体、事実とはかけ離れたところがあるけれども)。アトスの「恋を恐れはしないが溺れない」という信条、ヴィヴィカの、作品全てが自分自身だけどムーミントロールの漫画は「本業じゃない」なんてことはない、それもトーベなのだ、加えてそれでも他のことだって何だってやればいいのだと言う言葉。自分のために描いていたムーミントロールに子ども達が顔を輝かせる場面には創作活動の素晴らしさが語られている。イブニング・ニューズ紙との「フィンランドの子どもはおとなしいと思っていました」「そんなことありません、昔から…」のやりとりはトーベ自身のことなのだろうと面白く思った。