ウィズネイルと僕



吉祥寺バウスシアターのクロージング作品として上映されたのを機に観賞。ずっと前から見たかった「夢の映画」。ブルース・ロビンソンが1987年に作ったこの映画、日本じゃソフトも出ておらず噂に聞くばかりだったから。スクリーンで見られて嬉しかったけど、センチメンタルなことを言うようだけど、うちのテレビでたまに見たいタイプの映画だった(なんてことを言えるのも、一度でもスクリーンで見られたからかな・笑)


キング・カーティスのサックスによる長々した「青い影」が大音量で流れる中、着古したセーター、半分の長さまで灰になったタバコ、そして美しい横顔の青年「…僕」(ポール・マクガン)。しばらく後のバスタブでひげを剃るカットがやたら長いんだけど、その造形の美しさと頬のおそらく柔らかさに、そりゃあ長くなると思う。
肉体性の立っている「僕」に対し、ウィズネイル(リチャード・E・グラント)はおよそ服と共に在る。高級そうなコートは始め、後ろから見ると腰のところがしゃんとして、外じゃ彼を守っているようだけど、雨の中のラストシーンではよれよれだ。彼の、叔父の別荘に着いてから、特にじゃがいもを取りに行くのに袋の「ブーツ」を履いてからの着こなし、というか着方は、まさに私がかつて初めて触れたイギリス映画の「男の子」…って彼らはもう「30手前」だけど(笑)上流階級の男の子達が、学校の制服を着崩してる感じ。ウィズネイルには「お金持ちの父親」がいるんだから、お坊ちゃんなんだよね。


ロンドン市内の住居から、おそらくそう遠くないウィズネイルの叔父モンティ(リチャード・グリフィス)の家に「向かう」場面は無いが(場面が替わるともう着いている)、「郊外」までの道中は長い。二人はヘッドライトが片方壊れた車で、鉄球が老朽化した建物を壊している傍らから出発する。いつものごとく酔っているウィズネイルは道端の女子学生達に売女と叫び、向こうはジジイと中指を立てる。彼女達の姿はよくは見えない。相手のことがどうでもいいならどうでもよくなきゃいけない。世の中、どうでもいいと言いながらしつこく見てくるやつばかりだ。
ラスト近くにロンドンに「戻る」際には、二人の気持ちは噛み合っていない。まだ朝食中だと嫌味たらしく助手席に皿を持ち込むウィズネイルだが、途中まで来ると弾みが着いたのか単に酒が回ったのか、寝ている「僕」の気付かぬ間にハンドルを握りがんがん飛ばす。車窓の風景が変わってくると見ているこちらもほっとするが、程無く、場所を変えたところでそう何も変わらないことが分かる。結局のところ二人は、どこへ行っても寒さに追いつかれ、雨に降られる。


冒頭「僕」が朝食を取りにカフェに出向くと、客達が広げる新聞に「性転換した少年」のニュースが載っている。フライドエッグを挟んだトーストを齧り黄身をだらりと垂らす女性の水色のアイシャドーはまばゆく、新聞から顔を出す男性の耳は異様なほど大きい。「社会」とは「性的」なものであり、それが「僕」を圧倒しているような印象を受ける。
後に別荘で、「クローゼット」のまま年を取った「ゲイ」であるモンティに「僕」が迫られるくだり、ああいう事をああいう風に描くのは私は嫌いだけど(買い物袋の中味を取ろうとする場面なんてあからさまなコメディタッチだけど笑えない)、作者の実体験が元だと知っているから、色んな人がいるのだと思う、あるいは四半世紀前のことだものと思う。ただ振り返ってみると、個人というんじゃない、何か大きなものが「僕」に迫っていたような気もする。それにモンティが「自分のようになるな」と繰り返すのは戯言じゃないだろう。
(ところで、本作がウィズネイルの「(man delights not me)nor woman neither」というハムレットのセリフを繰り返して終わるのには、何か意味があるのだろうか?)


警察署という中継地点を経て帰宅すると、ビートルズ、というか本作のプロデューサーでもあるジョージの「While my guitar gently weeps」が流れている。勝手に上がりこんでいた売人のダニー(ラルフ・ブラウン/この映画の彼はサングラスを掛けてる限りイアン・ハンターのように見える、丁度モットがデビューした年の話だし・笑)が「紙を12枚使う」ドラッグを吸う顔を真正面からカメラが捉えると、ちょっとした3D映画のようで、ちょっとだけこちらもハイになる。「僕」のニュースにウィズネイルは笑い転げ、ダニーは「政治の話」をする。
意表を突かれたのが、最後に来てある種の、私のツボである「立ち退き映画」にもなるということ。地上げ等ではなく、二人が留守にしている間に家賃滞納に腹を据えかねた大家が決めたというんだけど。「立ち退き」なんて要素は特に無くてもいいんじゃないかと思われる、ということは逆に少しは意味があるんだろう。「場」を失った二人は分かれるしかない。



「上っていく風船にしがみついたら、紐を離すか、ぶら下がったまま付いていくかだ
 上り続けるのに、どこまで耐えられる?
 ヒッピーのかつらを売る時代だ
 人類にとって最高の10年は終わった
 俺達は黒く塗りつぶせなかったのさ (we've failed to paint it black)」