愛しのフリーダ



17歳の頃より11年間、ビートルズのデビュー前から解散後までの秘書を務めたフリーダ・ケリーを取り上げたドキュメンタリー。
監督のライアン・ホワイトは作中登場するマージービーツのビリー・キンズリーの甥でフリーダとも顔見知りながら、彼女が黙していたためビートルズの秘書だと知らなかったそう。作中のフリーダによると、制作の切っ掛けは彼女が「自分の青春を孫に知ってもらいたいと思うようになった」こと。


オープニングでタイトルの由来が分かる。63年に録音されたファンクラブ向けクリスマス用ソノシートの音声が流れ、ジョージが秘書達に感謝の意を述べると、皆が後ろで「Good Ol' Freda!」(原題)と叫ぶ。63年とはフリーダいわく「デビューしたばかりで何の問題も無かった」頃。終盤70年の章で「いつかは動きが止まるんだから、何でも活動初期が一番」と言っていることからも、彼女の見切りのよさとでも言うようなものが分かる。
次いで現在のフリーダの朝の様子。猫にタッパーで餌をやり、自分はフレークを食べ、ゴミを出す日常。タイトルが現れる直前、仕事場のデスクで「あの頃の職場は刺激的だったわ、パーティがあれば直行!」と笑う目元が昔のままで、どきっとする。
ビートルズ関連物の殆どは「私みたいなファンに譲った」そうで、残っているのは箱にして4つ分。その中に仕舞い込んでいたスクラップブックを40年振りに「発掘」する場面があるんだけど、時系列順にエピソードが語られるこの映画自体が「スクラップブック」みたい。年ごとに章立てされているのは、当時の皆が若かったからかな、なんて思う。特に「何」もしていない私でさえ、10代、20代の頃の記憶は、「いつ」の出来事かに意味があり、頭の中で整理されているから。
話の内容にそれなりに沿った写真が次々に映し出されるので、ちょっとした紙芝居気分で楽しい。エプスタインに怒られたり、リンゴが「哀しそうな目で頼んで」きたり(笑)


キャヴァーンクラブに「190回は行った」フリーダは、ペニーレインの教会でブライアン・エプスタインに声を掛けられる。エプスタインはミュージシャンだけじゃなく彼女まで見つけたのか、と面白く思った。ちなみに使用されているエプスタインの写真の数々はどれも素晴らしく、見惚れた。立場上当たり前かもしれないけど、じゃれ合っている姿の多いビートルズのメンバーやフリーダと対照的に、他人と一緒のものや横顔のものは一枚程度、ほとんどは「一人」で「こちらを見て」いる。その目つきが心に残った。
フリーダは「秘書」としてどのような仕事をしていたのか?本作によると、メンバーとその家族、メンバーとファン、それぞれの間を「繋ぐ」存在だったらしい。当時のインタビューで「一番大変なこと」という質問に「睡眠時間が無いこと、ファンレターへの返事を書くこと」と答えているので、ファンクラブの責任者として、殆どの時間をそれに費やしていたことが分かる。最盛期は日に何千通と手紙が届いていたそうで、助手達を付けていたにせよ、よくそんなことが出来たなあと驚く。もっとも後年のアップル創設のくだりで「(オフィス全体が)端からは仕事をしてるように見えなかっただろう」と語っているので、周囲の人達の中には、もしかしたら彼女についてそう感じてた人がいたのかも、などと思った。


ドキュメンタリー(と私が思うもの)はミステリーでもある。「正解」は無くても自分なりの謎解きをする快感がある。本作なら…人物を取り上げたドキュメンタリーなら大概…その謎とは、彼女はどんな人間かってこと。ところがこの映画は、見終わってもそこのところがよく分からない。それが面白かった。
理由の一つは、それこそがフリーダ・ケリーの特性だからとも言える。根拠となるピースはたくさんある。彼女自身は亡くなった息子に何も話さなかったことについて「献立を考えたり買い物に行ったりする方が楽しくて、昔のことは口にしなかった」。娘によれば「ママは今じゃない時代のことは話さない」。ビリー・キンズリーによれば「彼女はいつも事実を直視していた、そうしない者は嫌われた」「エプスタインに何を言われても意に介さなかった、傷ついていないようだった」。非常に地に足のついた人だと分かるけど、それ以上に、彼女はとにかく「稀有」なんだと思う。こういう感じ、と表現できないから「よく分からない」のだ。
私の心に残ったのは、自宅でインタビューを受けるソファの布が盛大に破れたままだったことと、「メンバーとデートはしましたか」という問いに対し、内腿をさすりながら「その質問はパス、誰かの髪がショックで縮れちゃうから!」と豪快に笑っていたこと。「心理学」の専門家なんかが見たらどう言うだろう?(笑)


お楽しみの一つは勿論、映像を彩る音楽。作中最初に流れるオリジナル曲はやっぱり「I saw her standing there」。当時17歳のフリーダに合わせて、冒頭の「Well she was just seventeen〜」からしばらく字幕が付く。本作はメンバーの関わっていないビートルズ関連映画として初めて音源使用が認められた映画なんだそうで、その他に聴けるのは「Love me do」「I feel fine」「I will」。
上記の4曲以外に、当時のヒット曲もたくさん流れる。「Anna」を皮切りに、当時のビートルズのレパートリーの原曲も数多く、カバーがんがんしてた頃のビートルズが大好きな私としては嬉しかった。