瞳の奥の秘密


2009年にアルゼンチンで公開され大ヒットした作品だそう。日曜の夕方、武蔵野館は立ち見も出るほど満員。


裁判所を退職したベンハミン(リカルド・ダリン)は、25年前に起きた忘れられない事件を基に小説を綴り、かつて上司だったイレーネ(ソレダ・ビジャミル)を訪ねる。過去に閉じ込めてはおけなかった謎への探究心と彼女への愛が、再び彼の中で生き始める。



冒頭、男はすれ違う女性職員に「天使ちゃん」と声を掛け、すげなくされる。セクハラおやじなのかと思う。目的の部屋に着いた男は、女に「妃殿下」と呼び掛ける。女は喜んで彼を迎える。「昔ながら」の男と女の話かと思う。しかしそうではなく、中盤、男が「天使ちゃん」などと言うようになった訳、一人の女性にだけそう言えない訳が分かる。相棒の言葉は今も、彼を導き続ける。


「事件」が起きたのは74年6月。ちょうど私が生まれた頃だ。当時のイレーネが纏っているブラウスの数々が、母親のアルバムでこういうの見たなあという感じ。ベンハミンのスーツのくすんだ紺色も、時代を感じさせる。
「殺人犯」を情報提供者として保護し取り立てるような政治状況や、捕り物が行われるサッカースタジアムの賑わい様など、アルゼンチンの事情には疎いけど、当時は(後者に関しては今も?)こんなふうだったんだなあと思う。
Aの打てないタイプライターや閉めない扉などの伏線、男二人の捜査中のドタバタギャグ、エレベーターの鏡や電車の窓の反射を盛り込んだ映像など、どこを取っても憎いくらい上手くできており楽しい。駅での別れのシーンは、音楽などやりすぎだろと思ったけど…ベンハミンの想像力の豊かさを表してるのか(笑)
そして主演のリカルド・ダリン、初めて観たけど、なんて目をしてるんだろう!魅入られてしまう。上まつげの短さや眉の曲線もちょうどいい具合。同居人も「本国じゃきっと人気があるんだろうな」と言っていた。


25年前の二人が「8時30分」のデートの約束をするシーンが印象的。互いに好きでしょうがなくても、「身の程」をわきまえたベンハミンは待ち合わせの時間さえ提示できない。イレーネは「意見を求める」ことしかできない。
ラストシーンでベンハミンを迎えるイレーネの顔は、私でさえ「帰りたく」なる温かさに満ちており、いい気持ちで劇場を出られた。