一命



新宿ピカデリーにて観賞。
私は貝類が大の苦手なので、冒頭、役所広司が焼いたサザエをほじくり出してねちょねちょ食べるシーンで気分が悪くなってしまった。3Dで見なくてつくづく良かった。全篇に渡って「食べ物」は生々しく、そういう人間の業みたいなものを感じさせるのが狙いなのかな。


太平の世の江戸時代。巷では食い詰めた浪人による「狂言切腹」が流行っているらしい。
ある日、井伊家上屋敷に津雲半四郎と名乗る侍(市川海老蔵)が現れ切腹を願い出る。面会した家老の斎藤勧解由(役所広司)は、以前同じ様に訪ねてきた千々岩求女(瑛太)が腹を切るまでの顛末を語って聞かせた。


原作となった小説「異聞浪人記」は未読、その映画化「切腹」('62)は観たことがある。仲代達矢の話ならそりゃ聞いちゃうよなあ、と思ったのを覚えている。
本作でもそのほとんどは「市川海老蔵の語る内容」なんだけど、「切腹」ではじりじり迫ってくるのが、こちらではどどーんと提供されるので、途中で映画の魔法が解けて、例えば満島ひかり瑛太が二人きりの場面など、これは海老蔵、ほんとは知らないはずなんだよなあと我に返ってしまうことがあった。とはいえ内容は分かりやすく、海老蔵の演技もなかなかで、十分面白かったんだけども。


印象的だったのは、観賞後、近くの老夫婦が「悔しい!悔しい!」と言い合ってたこと。
そう感じるのも無理はない。描かれるのは、半四郎の「武士なんて誰がそこに座ることになるか分からない」というセリフに沿った無常な世界。井伊家の鎧兜について将軍が「手入れをしたのか?」と聞き、勧解由が「誇りですから」と答えるラストシーン、家紋をバックにしたエンディングが皮肉で効いていた。これは「無かったことにされる」者たちの話なんである。
作中の「猫」がその象徴でもある。一家(半四郎とその娘の美穂、その夫の求女)は求女のもとに居付いていた猫を飼うことになるが、ふいと出て行ったかと思うとある日戻ってきて死んでしまう。一方勧解由も猫を飼っており、こちらはしまいまで、でっぷり泰然と暮らしている。似たような白い猫だが、もらわれた先によってこんなにも違う。同じ猫が演じてたら面白いのに、と思う(笑)


猫といえば、前述の猫を埋めるための穴を掘る場面での満島ひかりは、猫が乗り移ったかのように見えた。彼女主演の化け猫映画なんてものを見てみたい、と思ってしまった(笑)また這いつくばって吐血し、それを隠そうとする場面でも猫みたいだった。
と思いきや、しばらく後に瑛太もよつんばいになってあることをする。こっちは犬みたいだった。


面白いなと思ったのが「狂言切腹」の噂について。そもそもああいう時代、ああいう「噂」はどのように広がっていたんだろう?勧解由は部下から、半四郎は近所の町人(笹野高史)からその存在を教えられる。いずれも教える側は「自分には関係ない話」として、その内容を舌先で転がし楽しんでいる。
求女はどう知ったのか、半四郎からか別ルートからか。オリジナルではそのあたりに触れられていたっけな?