イヴ・サンローラン




「君が死の方を選ぶなら、僕に出来ることは何もない」


公私共にイヴ・サン=ローランのパートナーであったピエール・ベルジェが全面協力した、「イヴ・サン=ローラン財団初公認作品」。イヴとピエールを演じるのは、ピエール・ニネとギョーム・ガリエンヌというコメディ・フランセーズ所属の二人(オープニングクレジットにそうと丁寧に記載されているのはどういう事情によるのか?)
振り返ると思い浮かぶのは、調度や「本物」の衣装の数々よりも、いやそれらの中でこそ心に残る、ギョーム・ガリエンヌの自宅での裸のふくらはぎ。イヴを演じるピエール・ニネが衆目に晒す肢体とは意味の違う、無防備な…


色々なことが詰まっているアヴァンタイトルが面白い。オープニングは独立戦争の只中の仏領アルジェリア。イヴは登場時と退場時、同じ場所に居る。ここが彼の「ルーツ」とされているのだろう。
パリでのイヴは、「女」をいじりながら男同士で見つめ合う。仕事仲間の「宇宙」に関する会話に「スプートニクも犬の名前ならいいけど」。そして「現在」のピエールによる、「才能は生まれによらない天性のものだ」というナレーションに次いでブランドロゴを用いたタイトル。「イヴ」が迫ってくる。


この映画は、ピエールが語る二人の「歴史」だ。初めて会った日のディナーの席での、「夏はうちに来ないか?蝉もいるし」「君もいる」のやりとりの後の、まさにその通りのプールでの画がいい。蝉の声の中、寝そべるイヴの元へピエールがやってくる。終盤、疲弊し切って横になるイヴのところへピエールが腰を下ろす、似たような画があるのが面白い。
中盤、徴兵されるもすぐに参ってしまい精神科の病院に収容されたイヴの元を、ピエールが訪ねる。ピエールの「君が死の方に向かいたいなら、僕に出来ることは無い」という言葉で場面が終わる。次の場面で、「生きる」方を選んだイヴの表情が映る。ピエールが支えたのだと分かる。こういう描写は好き。


「ショー」の場面が三度。作中では、ディオール下でのオートクチュールコレクションの際に二人は出会う。「内気な」「神学生のような」イヴ(確かにその仕事場の簡素でそれらしいこと)がモデル達に引っ張り出される姿を目にする、ピエールの表情の妙。
次いでピエールの尽力により独立しての初のコレクション。観客だったピエールが裏方として奔走する。イヴの苦手な「政治」の部分の描写など面白いけど、音楽が煩く乗れなかった。
最後はピエールが「彼が幸せなのは年に二度(のショーの時)だけ」と語った直後に描かれる、ウェスティンホテルでのロシアンコレクション。バックステージにイヴが入ってくると皆は遠巻きにし、声を掛けられたモデルは目を合わせない。それでもマリア・カラスの「トスカ」に乗せてショーは盛り上がる。ピエールはおそらく毎度のように、彼を押し出す。


映画はここでほぼ終わる。見ている方としては唐突だけど、ピエールにとっては、二人の愛の歴史はここまでなのかな、あるいはそれ以降は表に出したくないのかなと思った。
最後に出る文章が「彼の作品は各地の美術館に展示されている」というのには白けてしまった。諸々の描写や、ピエールの「(彼に会うまでは)文学や絵画にしか興味が無かった」などの言葉からして、二人の愛が根幹とはいえ、この映画はイヴが「芸術家」であったことをひたすら訴える内容に思われた。


一方、今月フランスで公開される財団非公認の「Saint Laurent」は監督にベルトラン・ボネロ、イヴをギャスパー・ウリエル、ピエールをジェレミー・レニエが演じている。予告編を見たらテデスキ様のお姿も。しかも「89年のイヴ」役にヘルムート・バーガー!こっちの方が全然面白そうだ(笑)