いわさきちひろ〜27歳の旅立ち〜



画家いわさきちひろの人生を追ったドキュメンタリー。
冒頭、「母親」に抱かれて絵本を朗読する「女の子」の声&映像に、そういうの苦手だからもぞもぞするも、加賀美幸子のナレーションに立ち直る。
本作を観に行った理由は、予告編で目にした彼女の顔付きの美しさに惹かれたから。ところが作中、その写真あたりの時代における、ちひろ自身の「真っ黒でがさがさの中年女になってしまった」という文章が出てくる。自分のことをそんなふうに思うという点では「女らしい」性分だったんだなと思う。


予告編にもあるように、物語は「バツイチ家無し職も無し」のどん底での出発から語られる。上京し池袋の芸術村でデッサンや様々な画家の模写を繰り返すあたりで次の章、過去へと遡る。その経験は悲惨なものだけど、冒頭にもあった旅立ちの描写が繰り返される時、それはもう違って見える。「ちひろ」を知ったから、エネルギーが感じられる。
友人の言によれば芸術村での議論には参加しなかった、またその絵は「甘すぎる」と批判されていた彼女だが、人の「社会性」はそういう所に出るものではない。後には絵本画家の著作権を守るために活動し、「あの頑迷な出版界を変えたんだから!」と言われる。


戦時中、ちひろの両親は、陸軍の技師と大日本連合女子青年団の主事として国に協力していたが、終戦後に地位を追われ開拓農民となる。長野に疎開していたちひろは、後に「戦争が終わって初めて、なぜ戦争が起こるのかを学んだ」と語る。この言葉は心に残った。きっとそういう人が大勢いたんじゃないかと思ったから。
後の夫である松本氏も、かつては特攻隊に身を置いていたが、終戦後は弱い者を助けるために弁護士を目指す。二人の「愛」について、大々的には描かれないけど、彼女の絵が何より雄弁に語っていた。


面白く観たけど、効果音付きの「チャプター」、太陽や川面などのイメージ映像、壇れいの、ちひろ自身の文章の朗読などは少々安っぽく感じられた。加賀美幸子による、その時々のちひろの状況や感情の説明に、ほんとにそう思ってたのかな?なんて疑問を覚えてしまうと、身内や友人・知人の証言により補完がなされるという仕組み。
ちひろの絵の数々は、スクリーンで見ても素晴らしかった。センスが「普通」とは全然違うという感じ。絵を描いている映像などは無いけど、作中では「あめのひのおるすばん」で用いられたにじみ技法や、遺作となった「戦火のなかの子どもたち」で行われた、50枚の絵を描いてからディスカッションにより絵本を作り上げるというやり方が取り上げられる。絵本といってもその可能性は限りないんだなあ、と思わせられた。