グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独




「ぼくのやり方が嫌いな人もいるかもしれないけど、
 この曲に飽きてる人は、なるほどと思って楽しむかもしれない」
(↑という発言に「古典落語」を思った・笑)


「あなたは結局、人を圧倒したいのでは?」
「それは認めるよ」


私はグールドのアルバム数枚持ってる程度で、彼に関する知識はほとんどない。ごくまっとうなドキュメンタリーである本作では、彼のピアノを聴きながらその人生を手短に紹介してもらえる。なかなか面白かった。


オープニングはモノクロ映像、初のニューヨークでタクシーに乗ったグールドと運転手のやりとり。ちなみに終盤、彼は「ニューヨークに住まない理由」を語る。
次いで、「カナダでは知られていたが国外では無名」だった彼の巻き起こした旋風が描かれる。幾人かの演奏家が彼について語る。その音が「粒立ち」しているとはまさにその通り。
時代は少し遡る。青く塗られた生家で音楽に目覚め、ピアノの練習に明け暮れた日々。周囲の学生より年少な中、教授に付いたこと。先ほどの「粒立ち」の理由も分かる。


スナップから公的な写真、映像など適切なものが使われている。グールドが人を魅了するためにいかに努力していたかということが語られるシーンでの、汗を吹き飛ばしながらの演奏顔など印象的。何かというと出てきて彼について語る幼馴染の結婚式で、カップルの後ろでぶーたれて小さく写ってるやつなんて、恣意的だけどいい(笑)もっとも終盤、グールドがいつも「今が面白い」と言っていたという証言があるから、「彼も芸術家ならではのジレンマ…家庭の支えが欲しいがそれは芸術的ではない、というジレンマに悩んでいた」というナレーションや、ブラームスの文句の引用には少々違和感を覚えた。


…と、このあたりまでは、グールドのよく知られた「伝説」部分。コンサートをやめた31歳以降の彼を追う後半では、「万能の人」として色々なことに手を出すさまと、センチメンタルに…「一般的」に言えば、愛を失いながら壊れていくさまが描かれる。
全篇を通じて、彼の直筆による文書(の映像)が多く使われているのが面白い。後半に入ると、映像があまり残っていないためか、彼のトレードマークを身に付けた役者によるイメージのようなものがちょくちょく挿入される。


予告編では「グールドを愛した女たち」というのが強調されていたけど、女たちといってもそう数はないし、他の関係者と同じような扱いなので観やすい。
一番手は、ごちゃっとした本棚の前で震える手でタバコをくゆらす老女(おばあちゃん、という感じではない)フランシス。かっこいい。「彼は私を、私は彼を愛したし、結婚も考えたけど、彼は結婚向きじゃなかったわ」。
次に出てくるのが、彼の人生の「メイン」であった、作曲家ルーカス・フォスの妻の画家コーネリア。彼女の話は、夫が彼のピアノの音に車を止めたことから始まる。「ああいう演奏、私は好きじゃないけど」「そのうち電話に、夫より私が出てよく話すようになったの」「彼は知的で素晴らしかったわ」。当時の、また後に子どもたちとグールドと4人で暮らしていた頃の彼女には何ともいえない魅力があり、私からしたら、とてつもなくいい女に思われた。
最後にソプラノ歌手のロクソラーナ・ロスラック。グールドは彼女がルーカス・フォスの(!)曲を歌う声に惹かれ共演を依頼する。親友によれば「グールドにとって、コーネリア以外の女に意味はなかった」そうだけど、二人には二人の世界があったろう。