ミケランジェロの暗号



「昔の彼だけを記憶にとどめることにしよう」
「こうも考えられるわ、ナチスにもいい人はいるって」



1938年のウィーン。ユダヤ人の画商の息子ヴィクトル(モーリッツ・ブライブトロイ)は、かつての使用人の息子で幼馴染のルディ(ゲオルク・フリードリヒ)に、父が秘かに所有するミケランジェロの絵を見せた。その後、ナチスに入党したルディの密告により、ルディ一家は絵を奪われ収容所送りとなる。ベルリン本部はその絵をムッソリーニとの取引に利用しようとするが、贋作であることが発覚。ヴィクトルは本物入手の命を受けたルディに囚われる。


とても楽しかった。面白い話が手堅く撮られている。最高に豪華なテレビドラマという感じ。だってあのラストカットは「映画」じゃない、悪い意味じゃなく。
原作・脚本のポール・ヘンゲは「僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ」の脚本家で81歳のユダヤ人。本作は一応ナチスものだけど、いわゆる「反戦もの」でもなければ、ユダヤ人の主人公はたんなる「被害者」でもない。あの時代を舞台とした活劇だ。「優秀なアーリア人は無敵なんだろ?」「痛いものは痛い!」/「スイスで逮捕されたの、どんなに嬉しいか分かる?刑務所には入るけど、収容所に戻らなくていいのよ」など、セリフの数々が効いている。


ヴィクトルを演じるモーリッツ・ブライブトロイ、最近どこかで見たな〜と調べてみたら「ソウル・キッチン」で主人公の兄の役だった。あの顔には「ソウル〜」や本作のような泥臭い笑いが似合う。彼の母親役に「ブラック・サンデー」のテロリストのマルト・ケラー、収容所入り後の短髪姿が印象的だ。
裕福なユダヤ人と貧乏なアーリア人の立場が逆転、後者は幼馴染に対しずっと屈折した思いを…と字面だとねっとりした話のようだけど、実際にはさらりと明るい。ルディは悪になり切れない間抜けだし、ヴィクトルは機知に富み前向きだ。これも偏見だけど、屋敷で「絵」が見つかると同時にとある知らせが舞い込んだ時の立ち回り方など、いかにもユダヤ人という感じで感心させられる(笑)


キーの一つが「ナチスの制服」。入党したルディが包みを抱えて狭い自宅に文字通り跳んで帰る場面がまず印象的だ。窮地に陥ったヴィクトルが彼から制服を奪うと、昔ながらの物語、それこそ「王子と乞食」のように、二人の立場は逆転する。
ヴィクトルと元婚約者のレナが制服姿で久々に再会する場面も面白い。お互い反ナチスなのに、制服同士なのは悪くない、といった感じ。「まだ着てるの?」と言われた彼は「まだ必要なんだ、まだ」と答える。


原題は「Mein Bester Feind」=わが最高の敵。邦題となっている「ミケランジェロの絵」は、鑑定家が「鑑定」する時以外、誰も大して見もせず、皆が振り回されるだけ。私は美術品って、あってもいいけどなきゃあないでいいと思ってるから、そこが明快で見易かったけど、ミケランジェロに興味のある人はどう感じるのかな?