夏時間の庭


オルセー美術館20周年を機に制作された、オリヴィエ・アサイヤス監督作品。
パリ郊外を舞台に、母の遺産である数多くの美術品を整理する兄弟らの姿を描く。


75歳のエレーヌ(エディット・スコブ)は、ボブカットの髪に白いブラウス、フレアのロングスカート。予告編で見ただけじゃ、いかにも「品行方正」な「母親」というイメージを受けるけど、結構普通の女の人だ。経済学者の長男が「おれの著作に反対するやつがいるんだ、ラジオのパーソナリティで…」という話をすると、「彼は知的で声のいい人よね〜」などという合いの手を入れ、結局息子は妻に対し「興味もないのに本を読みたいなんて言われると腹が立つ」とグチる(その後しばらくしての二人のキスシーンが素敵だ)。
作中では主に男たちが彼女について語る。「暖房器具屋の妻なんかじゃイヤだったんだろう」「親父を見下してたんだ、死んだ次の日には姓を戻してる」。彼女が画家の叔父と愛し合っていたことがほのめかされる。ジュリエット・ビノシュは彼等に対し、「聖女だと思ってればいいじゃない?」と冗談めかして言う。



…なんて、私はそういうことばかり面白がってしまうけど、映画の主役はエレーヌでも、クレジットのトップであるジュリエット・ビノシュ演じる長女でもない。パリ郊外の自然と家、美術品、そこを訪れる人々のあいまった姿だ。
終盤、美術品を寄贈したオルセー美術館を訪ねた長男は、ガイドツアーの客に素通りされる机の展示を見て「動物園みたいだ」と嘆く。また女中のエロイーズは、鑑定作業中の家に持参した花を、それと知らず高価な美術品に活け「(エレーヌは)花のない花瓶は寂しいとおっしゃいました」と言う。
自然光で撮られた映像は、「中にいる」人物の視点で、視界の広がるラストシーンを除き、この家がどんな場所に建っているのか、どういう外観なのか、といった説明的なカットはない。美術館級の家具の数々も、生活の一部として捉えられる。


遺産をめぐる兄弟の話し合いが何度も出てくる。一人っ子の私にとって、ああいう話をする相手がいることは羨ましい。私の受け継ぐものは、この作品に出てくる美術品とは大違いだけど、いずれは責任を持って何とかしなければならない。処分に躊躇するとしたら、押入れの奥の掛け軸より、毎日遣った量産品のダイニングテーブルかもしれないなあ、などと思った。


昨年「PARIS」(感想)であらためてジュリエット・ビノシュを好きになったので、彼女目当てでもあったんだけど、今回も良かった。ジャージー生地の上着ジーンズ姿で白いカバンを肩から提げ、ニューヨークを拠点に忙しく働くプロダクトデザイナー(「タカシマヤ」のセリフが聴ける・笑)。母親と二人の時間を持て余したようにため息をついたり、机に突っ伏しそうになってお茶を飲んだりする姿が印象的だ。
ちなみに彼女の恋人役として、なぜかカイル・イーストウッドが出演していた。


作中では、「上海の工場で技術監督をしている」次男の口を借りて、安価な人件費で商品を大量生産すること(関連映画→「女工哀歌」感想)、ひいてはファストファッションに疑問を呈するようなことも示される。


前にも書いたけど、フランス映画ではいつもパンを手づかみしてるけど、今回はパウンドケーキのみならずキッシュも素手で運ばれてた(笑)手がべたべたしないのかな?



「あなたにこれは合わないかしら、モダンなものが好きだから」
「作品は、良いか悪いか。時代なんて関係ないわ」