ALWAYS 続・三丁目の夕日


有楽町の日劇にて観賞。ちなみに作中には「丸の内東宝」が出てきた。
いい言い方じゃないけど、カンフル剤のような映画。面白かった。



昭和34年。東京タワーふもと近くの「鈴木オート」一家に、事業に失敗した親戚の娘が居候することになる。しかしお嬢様育ちの彼女は下町の暮らしに馴染まない。一方、向かいに住む貧乏作家の茶川は、同居する少年・淳之介を実の父親に渡すまいと、一念発起して芥川賞に挑む。その他周囲の人々の物語。


自分にとって良い映画は、たいてい、最初の数分で分かる。言葉では説明できないけど、何か「良い」ものを感じる。この映画でも、冒頭のあのくだりに、ああ観に来てよかった、としみじみ思った。周囲にもそういう雰囲気が漂ってるのを感じた。
その後、電話で話を終え、みつけた写真を手に取る薬師丸ひろ子の目尻のしわに、予定調和で綺麗すぎるけどイヤじゃない物語、が始まる予感を受ける。


観客の泣き所も笑い所も一緒で、皆でアトラクションに乗ってるような楽しさを味わえた。作中ロクちゃんたちが「嵐を呼ぶ男」を観に行くシーンはとても良かったけど、あれほどじゃないにせよ、今だって、こういう映画なら、それに近い映画体験ってできるんだと嬉しかった。
日劇を選んで観たおかげもあるのかも。大体こういう映画の場合とくに、同行者にあれは何、これは何、と教えられながら観るはめになるから、あまり静かな劇場じゃ困る)
それにしても、淀川長治がよく「昔の女性はルドルフ・ヴァレンチノの映画を観に行く際には念を入れてお化粧したものだ」という話をしてたけど、その後数十年経った「三丁目の夕日」当時も、映画って、好きな人に会いに行く「デート」だったんだな。今の私だってまあ、そういう気持ちあるけど(笑)


出てくる食べ物を見るのももちろん楽しい。鈴木家の夕食に出た、カツでもコロッケでもなさそうな、あの揚げ物は何だろう?シュークリームの中身がやたら黄色く見えたのはなぜだろう?給食は「いただきます」まで見たかった…などなど。
ちなみに教室のシーンでは、一平と級友がケンカになったとき、先生が3人まとめてアタマをごつん・ごつん・ごつんとやるのを見て、あ〜あれで終わりなんだからいいよなあ、と思った。


大阪へ発つ日の小雪の格好がとても可愛かった。今後は貧乏作家との貧乏暮らしになるけど、服とか、どうするんだろ?と思っていたら、ラストの橋のシーンでは、そのときと同じ靴を履いており、当時の人は皆そうだったのかもしれないけど、ああ大事にし続けるんだなと納得した。


エンドロールに延々と並ぶ、ロケ地や協力者の名前を眺めるのも楽しい。知ってる場所あるかな?とみてたら、九段会館が使われていた。堤真一が出かけた、戦中者集会の場面だ。ここのコーヒーラウンジは好きだ。