ブンミおじさんの森



タイのとある森。農園を営むブンミは、死期が近いことを感じ、亡き妻の妹ジェンを呼び寄せる。やがて彼らの前に、妻の幽霊や、数年前に行方不明になった息子が現れる。


映像には魅力があった。映画って不思議なもので、それじゃなきゃダメって場合がある。脚の悪いジェンが盆を手に地下室への階段を下りるシーンの美しいこと。なぜだか分からない。
多くのシーンにおいて「手順」をうるさいほど長々と捉えており、そういうのを見るのが好きな私にとって、ブンミの透析を行う使用人や妻の手際なども面白かった。


しかし、全体的にはいまいちぴんとこなかった。好みの問題かな。テラスのテーブルで食事中、妻の幽霊と、姿の変わった息子がそれぞれ違う登場の仕方をして、空いた椅子に座っていく展開なんて面白いけど。
ブンミは「人間でも動物でもなく、男でも女でもない」存在について語る。死んだ後も生きた者に会いに来る者もいれば、そうしない者もいる。森の中ではボーダーが消え、混沌がある。「死期が近いことを察して精霊や動物が集まってくる」というのは、生と死のどちらでもある存在の「匂い」を嗅ぎつけてやってくるってことなんだろうか?それならば、そうでない人間は何なのか?またそうした(ボーダーレスな)場で「美醜」の感覚があるというのもよく分からない。
私の知識不足を差し引いても、仏教や輪廻転生へのこだわりはさほど感じられなかったけど、ジェンの甥のトンがとあるものを見るラストシーンには、「映画」表現への強いこだわり、メッセージを感じた。


伝統職?にある男性の肉体がやたら強調されている(ように見える)。「しし」って感じの肉付きで美しい。

狼たちの処刑台


狼たちの処刑台 [DVD]

狼たちの処刑台 [DVD]


ケイン様の魅力爆発の一作。老人ハリー・ブラウン(原題「Harry Brown」)が、不良どもに制裁を下す。
ドラッグ売買や銃の発砲、盗難事件などが多発する地区。団地に一人住まいのハリー(マイケル・ケイン)の日課は、意識のない妻の見舞いと、唯一の友人とのチェス。しかし近所にたむろする不良たちのせいで妻の死に目に立ち会えず、友人も命を落とす。


ジャケやタイトルから想像されるようなスーパー爺さんものではない。暴力に満ちた非情な世界において、一人の老人がその頭脳と肉体を使って「処刑」を行う、極めて「現実的」な物語。ストーリーはしっとり進むが、要所ではアクションもサスペンスも味わえる。
ハリーは元海兵隊員。訪ねてきた警部補(エミリー・モーティマー)とのやりとりに、頭の良さが分かる。銃の知識も、度胸も冷静さもある。しかし足取りはもたつき、少し動くと息があがる。そんな条件での戦いだ。


紅茶とマーマイトで始まるハリーの一日。様々なものを目にし、思い悩むケイン様の表情がたっぷり楽しめる。お墓にキスするシーンなんかもいい。
妻との馴れ初めを語るセリフに若かりし頃の姿が、海兵隊との言葉を聞けば、軍服着てたあの映画この映画が思い浮かぶ。それだけでも楽しい。歴史を湛えた横顔のあごのたるみは、まるで鍾乳洞みたいだなと思った。