ミッドナイト・アサシンズ



オープニングの市場に吊るされた肉の断面やしばらく後に登場する少年トトのシャツの背中の破れは妙に作り物めいており、私は作り手の親切と受け取りながら見ていたんだけど、最後に挿入される正反対の質感のいわば実録映像に、全編のあの小綺麗さは、落差で私達を真実に叩きつけるためのものだったのかもしれないと考えた。


スラム街の教会の中でひるがえる白やあまりに小さなベッドを縁どるネオンなどのちょっとしたセンス、スピード感のまるで無いアクション(「アクションシーン」とは何だろうと考えさせられる、別にあれらはアクションじゃない)、泥の河の中に突如立つ墓標のようなセリフ(「安心しな、これは夢だ」)、その全てが何だろう、原題の「Neomanila」なのだ。泥の河の人々が何をしたところで、彼らが守れるのは最後に生き残った者のあの表情、そういうようなものなんだという物語に私には思われた。


靴を買ってやった、買ってもらった二人が小金を使ってカラオケに行き「地球の回転を止めて」なんて歌を歌う、あの刹那よ。そう考えたら最後の銃弾は、ある人物の時間を止めた(撃った者の頭にはそういう考えもよぎった)のだとも言えるんじゃないか。ちなみにこの場面では、所詮は「血」かよといういわば俗っぽい感覚よりも、一発の銃声と血に、その時々の感情で動いていたのは少年の方では無かったのだと気付かせられる転換の感覚の方が大きかった。


ふと「万引き家族」を思わせたのは風俗店の描写があったからというのもある(あのくらい「が」いいんだよね、あのくらい「で」じゃなく)。面白いと思ったのは、彼らが唯一(トトいわく)「無実」である存在を「家族」に加えないところ。彼らは自分の意思でのみ一緒にいる(そして、意思あるところに罪がある)。あるいは何者かを保護(だけ)する余裕なんて無い。それにしても「あの女、股に突っ込んでるんじゃないだろうな」なんてセリフからの、赤ん坊のオムツからアレが見つかるシーン、今年の妙な気持ちになる場面ナンバーワンだった(笑)