シンプル・シモン



制作会社の映像と映像の合間から「映画」が始まる。シモン(ビル・スカルスガルド)がドラムを叩いている。それから彼が思いを馳せる、宇宙。私も子どもの頃など百科事典の宇宙の巻をよく眺めていたものだけど、それは「怖い」もの見たさゆえ。シモンは「宇宙は感情が無い」から好きだと言う(原題はこの意味だそう/終盤、彼は「あるかも」と言う)。カメラがびゅーんと下りてきて、母親が「感情」まるだしでシモンの名を怒鳴る顔のアップ。シモンはもう8時間、「宇宙船」のつもりのドラム缶の中。


「軽さ」がいい映画だなと思った。先に書いた冒頭の「身軽さ」もそうだし、「アスペルガー症候群」のシモンが他人の顔を見ると、自宅のキッチンにも貼ってある、表情を区別するための記号が浮かぶという描写もカジュアルでいい。「レンタルビデオ屋」に並ぶジャケットにデータがずらりと表示されるのも含めて、ドラマ「シャーロック」を思い出した。
「映画」の扱いも軽い。「映画なんて見ない」と言っていたイェニファーが「映画みたいに恋に落ちるの」と言うと、(本当は毎日「2001年宇宙の旅」を見ていたい)シモンは兄のサムの前の恋人フリーダが見たがっていた「ヒュー・グラントのラブコメ」を借りまくって「勉強」する。
イェニファーがシモンに自分のイヤホンを片方勧めて「辺りを見ながら音楽を聴いてみて、ビデオクリップみたいだよ」という場面には少々驚いた。だって、いわば「映画」側が手の内を明かすようなものだから。案の定「クライマックス」で音楽が流れると、さっきのことを思い出して気がそれた(笑)ともあれこういう全てが、気楽でいいじゃん!と肩を叩いてくれる。


イェニファーの家でのパーティのくだりがいい。騒ぎの中、一人消えた彼女をシモンはベランダに追う。「感情」について円を描いて説明した彼女が泣き顔から笑顔になり、シモンが「(兄が)イケメンだと思うなら会わなきゃ」と言う場面で、なぜか私が「悲しくないのに」泣きたくなった。
次いでイェニファーと女友達が、シモンが携帯しているサムの写真の裏の文章「弟が迷惑を掛けてごめんなさい、アスペルガー症候群なんです、壊したものは直します」と読み上げる場面、彼女達は「なんて優しいの」とはしゃぐけど、私は寂しくなってしまった。一人で頑張ってきたサムの心がかちんこちんになってると分かったから。その寂しさが「正し」かったことが、後のディナーの席でのサムの「僕は弟に慣れすぎてた」というセリフで分かる。ラスト、「方程式」が成り立たずパニックに陥ったシモンにサムは、おそらく自分のことも顧みて「人は変わる」と言う。でもってその通り、シモンが少し「変わ」って物語は終わる。


シモンが行くビデオ屋で、店員の女性が流血映画への愛を語る背後に客の男性がひょこっと顔を出すのは、「お約束」通りに受け取れば「こんなところに趣味を同じくする素敵な人が!」という意味だけど、サムが「正反対だから惹かれ合う」と力説してるのを踏まえると(これも「正解」ではない、というのがいいんだけど)、「自分は興味無いけどこの人素敵だな」という意味なんだろうか、なんて考えてしまった。まあ「惹かれる」ことが重要なのであって、どっちでもいいのか(笑)