
EUフィルムデーズ クラシック・セレクションにて観賞。1969年リトアニア、アルーナス・ジェブリューナス監督作品。
私には母親に片思いする女の子の話に思われた。母親とて娘を愛しているが、暗い窓辺で自分を待っている彼女に帰るなり「今日は誰か来た?」、これから来るかもと鏡に向かう。おそらく男を待っている。「ママをよく見て、美人だと思う?」「分からない」「もう分かっていいはず、美人じゃない」なんて話をする時、二人は作中最も切実に顔を見据え合う(しかし私には作中の「美」が全く掴めずこの辺りはよく分からなった)。インガは母親がタイプライターの仕事の稼ぎで買った梨?を食べるのを控え、横たわる母親の胸元に飾ってやる。二人で完璧なのに、ママはお姫様なのにと。
恐怖の音楽と共に登場する微動だにしない黒犬は、溺れ死んだ主人をいつまでも待っている。インガにとってそれは違う形の母親であった。待つのをやめて幸せになってほしいと願う彼女の手からは食べも飲みもしないその犬が、新入りとは散歩に出掛ける。その才に惹かれた彼女は後を着いて回るが拒否される。ここではタバコが他者を寄せ付けない、あるいは困惑のしるしのように使われる。新入りが助け出した取り壊される住宅に置き去りの犬の顔を不細工だと言い、お前の方が不細工だと返されたインガはショックを受ける(これも私にはよく分からなかった)。
待たないか、待つなら何かが結実するかでなければ人は救われない。脚を覆った長ズボンで「男の子か女の子か分からない」と言われる新入りは、待っていれば花が咲くと宣言したほうきを皆の目につくよう窓辺に飾る。インガは鼻をおしつけガラス越しに見、インガのことが好きなヴィクターは彼女のためにそれを手に入れようと引き換え用の宝物持参で部屋を訪ねる。適切な大人の意見におされ、新入りは初めて他の子を内に招き、彼らのささやかな気持ちはインガに届く。それがインガを経て母親に伝えられた最後には、外に出るたび胸に染みた女の子どもの小ささが少し忘れられた。