
EUフィルムデーズにて観賞、2025年アイルランド、ウクライナ、フランス制作。アイルランドのガー・オルーク監督がウクライナ、オデーサ近郊の塩湖に面するサナトリウムの2023年の夏を収めた作品。ソ連時代に建てられた施設の現在の稼働率は20パーセントもいかないというのが、夜の宿泊棟の明かりのぽつぽつ具合からうかがえる。カレンダーや植物、パソコンやテレビなどは新しいが医療器具が古いのはまだ使えるからだろう。傍らには砂時計。
上映前のメッセージ映像で監督が「普通の人々が非常時にどのように暮らしているかを伝えたい」と話していたが、彼らの日常を直接ではなくその話や様子から垣間見ることになるのがやはり「映画」なわけで、泣いて止めたのに前線に出て行ったという夫を亡くした女性の「村にはもう身障者の男しかいない」に複雑な気持ちになっていたら、後に高齢女性達のガールズトークで「爺さんでも見るとむらむらする」「村で女が菜園や家畜以外に見るものなんてある?」。ウクライナの女性の暮らしが見えるようで見えない面白さ。
恋愛や性愛を押し付けられるこの社会においてそれら、とりわけ異性愛を描くのは時に暴力的だと言えるが、例えば戦時下の物語であれば恋愛を、それこそキスを描くことが抵抗めいた描写となる。同様に家庭に入りたいと不妊治療に訪れる女性や交通事故の後遺症治療に加えて結婚相手探しも目的だと話す男性の姿がここで取り上げられるのには、通常とは異なる意義がある。独立記念日に医療主任の女性が宣誓のごとく言うように「子どもや孫のために自由を求めて闘っている」のであれば。
登場する人々はほぼ肌をさらしている。戦争で負った傷もある(内部も傷ついている)。ケアを受ける時、人は無防備な姿になる。加えて灰色の煙や空襲警報のもと水着一枚で年々水位が下がっている足首程度の深さの泥に浸かるだなんて、支配人の言うように「来てくれるお客たちは勇敢だ」。彼を始め従業員の方はといえば郊外の施設から爆撃される恐れの高い自宅へ帰るのが日常だ。リミナルスペースがテーマの映画が幾つも撮れそうな場所が人の意思で満ちている、こういうの、あまり見たことなかったなと考えた。