
イタリア映画祭にて観賞、2025年リッカルド・ミラーニ監督作品。
いつどこにでも起こりうる話とはいえどうしても『ローカル・ヒーロー』(1983年アメリカ)が思い出され、最後にバート・ランカスターがヘリで到着して一件落着なんでしょ?と見ていたんだけど、ここでは住民の分断が煽られること、「みんなもの」がそうじゃなくなることが大きな危機として描かれる。問題が山積みであっても一線を越えてはいけないというその一線とは、オープニングに牛飼いのエフィジオが見ている海を「みんなのもの」じゃなくするということである。「稼げる何とか」が横行する昨今は特に身に染みる。
話の始まりは前世紀末。サルデーニャ島に帰ってきたフランチェスカ(ヴィルジニア・ラッファエーレ)の「キューブリックがここでロケしたら3001年になる」「いや4001年になる」には故郷への自虐的な響きがあるが、同じであり続けるよう守ることにこそ勇気が要るんだと変わっていく話である。タイトルである「人生はそういうもの」とはエフィジオがミラノから派遣されたジョヴァンニに言う「70年代にも同じことがあったが土地は売らなかった」、判事のジョヴァンナ(ゲッピ・クッチャリ)がフランチェスカに言う「あなたは(この4、50年?)ずっとまっすぐだ」など人が変わらないことのポシティブな面を指している。
冒頭実業家のジャコモ(ディエゴ・アバタントゥオーノ)一家とエフィジオ一家の年末の集まりの様子がカットバックで描かれるのを見ていると、金持ちであろうとなかろうと人がすることに変わりはないと伝わってくるのと同時に、この社長、なんで自分で現地に行かないんだ?という疑問が湧いてくる。それが何年も何年も…。事情は違えど『オールド・オーク』(2023年イギリス・フランス・ベルギー)でも地元住民の怒りの元であった、現実でも聞く、顔の見えない不動産投資だ。それはもはや避けられないし島からは若者が流出してしまった、しかし拠り所として裁判所を背景に一人歩くジョヴァンナ…法律がある、と言っているように私には思われた。