
それぞれの家でお前には将来などないと…女であるアグネス(ジェシー・バックリー)は結婚できないと、男であるウィリアム(ポール・メスカル)はろくな仕事ができないと…軽んじられている二人がパートナーになりそれらを達成する話である。出会いの一幕の後、どんなことを言われようとどんなふうに生きようと自分にも権利があるとばかりに帰宅するや食べ物をがっつく二人がよい。
森で蜂が不穏な動きをしている場面に次いでロンドンにペストが蔓延している場面、そしてストラトフォードで娘ジュディスが感染する場面と続くあたりで感じたことに、この映画は世界は繋がっていると言っている。それはグローブ座の舞台の奥の森の出入口が観客に繋がっているのに端的に表れている。物語が、創作物が世界を更に狭くする、手の届くものにすると言ってもいい。観劇が初めてということもあり混乱していたアグネスが「悲劇」を見て最後に笑顔になるのは、そのことを知ったからだろう。森と町ばかりか異なる時間も生と死の世界も繋がっていると。
「私を見て」とは分かり合っていることを確認したい時に言うはずだから、結婚式でのその言葉が最後にまたアグネスの口から出ることからして、これは分かり合っていると思っていた二人がもっと分かり合うことができたという物語である。そしてこれが彼女のセリフであることからも、この物語自体はジェシー・バックリーのアグネスの内にあり、ポール・メスカル演じるウィリアムは外から愛でられる存在だ。家庭を持ちながら仕事を成すためにはこのくらいの苦労や覚悟があってしかるべきと言っているようにも思われた。加えて父から息子に継承される「勇気」が決して何かを攻撃するものではないというのが印象的だった。