大丈夫、大丈夫、大丈夫!


本作のソウル国際芸術団舞踊学科という架空の場での群舞は、女子達の幽霊談にも表れているように、「皆と同じことをしながら皆より秀でていなければならない」という韓国の子ども達の境遇のように思われた。皆が親に言われるまま頑張る中、母親のためだけど好きだから、楽しいからと笑顔で踊るイニョン(イ・レ)ははみ出し者である。更にそのような場では、彼女と母の願いでセンターを維持しつつその支配から抜け出せないナリ(チョン・スビン)の対立や、ナリがそのまま大人になったようなソラ(チン・ソヨン)の孤立などが起こる。
社会がすぐに変わらなくても、「自分のいるところがセンター」なのだと大人が伝えれば子どもは少し楽になるんじゃないか、これはそういう話である。実際ソラのその言葉に、イニョンは最後のステージで解き放たれる。一人自由に踊る場面が効いている。

とはいえ特に女子だけの群舞は管理下にあることを思わせ冒頭は気味が悪くもあったが、映画の終わりには女だけの集団には意味があるのだと思える。そうでなければメッセージも鈍る(これには『グレート・インディアン・キッチン』(2022年インド)のラストシーンを思い出した)。
それに通じるのがイニョンを取り巻く薬剤師ドンウク(ソン・ソック)と同級生ドユン(イ・ジョンハ)という男二人の、決して女達の中には入らずケアするだけという役どころ。前者は韓国の映画やドラマでは生き辛い者の逃げ込み場として描かれる薬局から出ず、後者はイニョンが靴下の匂いを嗅いでもう一日!と履いて登校すると、さては洗ってないなと言いながらベタベタの髪(には見えないが)に香水を振りかけたマフラーを巻いてくれる、女子に人気の同級生だ。明らかに違うのが大家さんで、私も家賃で食べてるんで、週末まで待つよ…って学生がどうやって収入を得ればいいのか(彼女は得るが!)。この持ってる感と他人ごと感が今、最も多数、かつ最も要らないものだ。

自分の気持ちを伝えられない人ばかりの本作において、会話の楽しさは大きな、というか一番に近い魅力である。イニョンとドンウク、イニョンとドユンという気の置けない間柄の軽妙なトークの心地よさは勿論、イニョンがナリやソラとぶつかって本音を引き出す過程が面白い。私も全身があったかくなったイニョンの「先生と帰ろうと思って」「早く帰って来てね」は、ソラが初めて受け取った「好き」だろう。多分初めての奇妙な気持ちになって帰宅して、これまた初めての「誕生日にお腹がいっぱいになる」を経験する。たくさん食べる方がいい、色は多い方がいい、恋はした方がいい、なんてベタな価値観に引っ掛かりもするけれど、近年の韓国映画の中では一番いいと思った(制作は2023年)。