佐藤忠男、映画の旅


「東京を観光しても分からないリアルな生活が巨匠の映画を見ると分かる」…とは佐藤忠男が言うわけではないが、確かに幾つかの作品が脳裏に浮かぶ。さすればこのドキュメンタリーの柱の一つである、彼が一番好きな映画だという『魔法使いのおじいさん』(1979年マラヤーラム語映画)の制作地ケーララを訪ねる旅には何の意味があるのかと一瞬思ったが、例えば作中の水浴びシーンと現在のそれを繋げることで、数十年の隔たりがあっても映画にいかにリアルがあるかを実証してくれる。カメラマンの口にしていた「ローカル」を実際に掴みに行くわけだ。「『魔法使いのおじいさん』愛好者」との肩書の方が出演していた子ども達を探し当てて話を聞くくだりも最高に楽しい。

アジア映画への入口は韓国映画だったという。旧ソウル駅舎などの映像に「日本はアジアの国々を解放するために戦争していると言われていたのに、韓国映画を見たら、日本はそんなふうに描かれてはいなかった」という佐藤忠男の語りが被る(この後「そうした映画の中にもよいものがあって…」と続くところに、彼にとって映画にはいいものとそうでないものとがあるということが表れている)。後にアメリカでベトナム映画を上映した際に同じような視点の批評があり嬉しかったとの話から、国という境界だけじゃなく色々な視点の映画を見ることが大切なんだと改めて思う。

「映画を見ることに意味があると思うようになったのは戦後『春の序曲』(1943年アメリカ)を見た時」。作中では著書『アメリカ映画』(1990)から、ディアナ・ダービンとすれ違う男がみな明るい表情で振り返るのに何てあっけらかんとしているのかと衝撃を受けたというくだりが引用されるが、手元の『恋愛映画小史』(2017)によると…この話は他でも読んだ覚えがあるので初出は分からないけれど…これは「男達がニヤニヤ下卑た表情をする」日本的常識との対比としての感想である。『恋愛映画小史』には続けて『キュリー夫人』(1943年アメリカ)でムッシュ―・キューリーがひざまずかんばかりに丁重に求婚する姿にうっとりした、この二本で映画狂になったとある。このドキュメンタリーは佐藤忠男のそうした面というか本質を取り上げており面白かった。

佐藤忠男の女性観は端的に言って女性を賞賛する類の旧弊なものだ。パートナーの久子氏につき「美しく品のある女性と一緒になれた、自分はこれでいいんだと思えた」(学生時代に彼氏にこのようなことを言われ不公平だな、私だって理想の男性と付き合いたいと思ったのが自分がフェミニズムに目覚めた切っ掛けの一つ)。ラブレターには「重いものなんて持たせません、結婚したら電気洗濯機もすぐ買います」。こうした感覚には『映画が語る働くということ』(2006)などを読むと分かる、時代や生い立ちによる不安もあったのかなと思う。自身が一個の労働力としてしか見られないことに衝撃を受けたという文があった。とはいえ時代を考慮しても見聞きするのが苦痛な物が幾らもある中、彼の著書は不愉快さが少ないのがふしぎだ。内省のためだろうか?

この映画で一番よかったのは、あまり表に出ることのなかったパートナーの久子氏の存在を前面に出しているところ。作中登場する数少ない、誰かの身内じゃない女性の一人である秦早穂子いわく「あの当時、奥さんを大事にして、一緒に仕事して…(略)だから(二人の共同の仕事につき)めったにしないことだけど手紙を書いた」(対して誰だったか、男性の口調はよくある「きつい女性」を揶揄する感じだった)。『魔法使いのおじいさん』の制作地でのインタビューでゴーヴィンダン・アラヴィンダン監督の妻も「資金繰りからキャスティング、衣裳まで関わった」と話すのでクレジットされているのだろうかと気になったが、振り返るに、本作の監督は、彼女が(多くの著名な男性の女性パートナーがそうしてきたように)仕事をしたのだという事実を残すためにああいうふうに話を聞いたのかなと考えた。