成績表のキム・ミンヨン


コミュニティシネマフェスティバル「日韓映画館の旅」にて観賞、2022年イ・ジェウン、イム・ジソン監督作品。

ここ数年は感じないけれど、いやそれこそこの映画が作られた数年前までは感じていたけれど、韓国映画には「純粋だった男子が汚れてしまう」悲劇を描くものがあった。対して本作の女子は汚れることを拒否し、「韓国人」なんかになりたくないと言う。「家族も仕事も友だちもなく山の中でただ暮らす」ことを思う、でも何もいらないわけじゃない、たまにあなたに訪ねて来てほしいと。

スヌン(大学修学能力試験)まで100日だからと高校の三行詩クラブを解散した女子三人。ジョンヒ(キム・ジュア)は前席の男子に腕時計を貸し試験をただ座って終え、高齢会員ばかりのテニスクラブに職を得、かき氷を出したりクリスマスツリーを飾ったりとその場を快適にしようと試みるがクビになる。「私は大学生じゃない、時を待ってる」と自らを説明する彼女がノートに書き付ける、本を読む、外国語を勉強するなどの「小さなボール(『こびとが打ち上げた小さなボール』)」はいわば「『韓国人』の将来」には結びつかないものばかりだ。

ミンヨン(ユン・アジョン)はTwitterで見かける「教授に嘆願しても成績は変わらないのにメールや訪問をする学生」そのものである。ああいう行為は近年増えているのか、韓国と日本で学生側の事情に違いがあるのか気になった。ジョンヒが神様ごめんなさいと断って読む日記から分かる彼女の日々はでたらめなようで「努力」という一貫性がある。ミンヨンにはどこへ向かう努力もしないジョンヒが歯痒く、ジョンヒには自分を招いておきながら成績のことばかりのミンヨンが理解できない。しかしジョンヒの「私は透明人間?壁を抜けてみせようか?」(この後半の外しがこの映画の笑いのセンス)の後には仲直り、興じるのが「このカードを引くと給料がもらえるよ」なんて人生ゲーム(?)なのには笑ってしまった。

本作の前に見た『長孫』同様、「韓国人」の象徴として家族写真が出てくる。ミンヨンの、兵役で留守中の兄にあてがわれた部屋のそれには男しか写っていない。大学に編入すればここをもらえるとの約束をしたと意気込みつつ、彼女は注文したドレッサーを解かず椅子代わりのステッパーにもたれて小さな机でパソコンに向かう。ジョンヒが組み立てた鏡で部屋にいる自分の顔を初めて見、不法投棄されていたのに二人で塗装を施したテーブルで食事をする。ジョンヒが残す「『韓国人』の将来」に関係ない項目ばかりのキム・ミンヨンの成績表は、社会からこぼれおちた部分を描く詩のようだった。