
ジュニ(チャン・ソンボム)が異動初日に次長のドンウ(ソ・ソッキュ)に言われるには「既に皆、給料は五パーセントカットされた上に休日出勤にも残業にも手当は出ない、もう痛みを分け合える段階じゃないんだ」。誰かに痛みを引き受けさせるための解雇基準を作成する、人事部の仕事とはそういうものかと思っていると、上から残したい人がいるからと基準の変更を要請され、最後には希望退職者を募っておきながらリストラの打ち切りを言い渡される。理由はトラブル回避だ。
ジュニ自身は作中最後まで知ることはないが若い頃は彼に似ていたという人事部チーム長のギュフン(キム・ドヨン)は一見涼しい顔で対象者との面談を行うが、リストラの打ち切りを命じられた際には上層部に対し「そんなことだから会社がだめになるんだ」と言ってのける。次長が言うように皆思っているかもしれないけれど違うんだ、変えられる、変えねばならない問題があるんだというのがこの映画のメッセージに私には思われた。
代理のギョンヨン(チャン・リウ)の、解雇基準の「短大卒の女性」枠に私も入っているんですかとの問いにジュニははい、でも仕事の評価がいいですからと返答する。自分は大丈夫なのに何が不安なのかというようなことを次長は口にするが、『ナミビアの砂漠』(2024年日本)の「別の女のことなのに」じゃないけれど、彼女は(これまでの処遇を踏まえて)いわばダメ押しで会社の体質を確認したのである、自分がいるべき場所か否か。これはジュニが自身の仕事の対象に初めて生身で接した瞬間だったが、彼がそのことに気付くのはずっと後だ。
ジュニの人となりは妊娠中のパートナー、ジェイ(イ・ノア)の「ダサくなんかない、悪いことをしたら恥じることができる、そこがいい」に表れている。仕事の内容に悩み電話にも出ずごめんを繰り返す彼に、彼女の方は「謝らせたいわけじゃない」としきりに言う。このどうしようもなさの因もここ、会社のローンで手に入れた、まだ生活の匂いのしない新居には実はない。後にビールを何本も空けた彼は「恥ずかしくて言えなかった」と以前とは異なるごめんと共に彼女に泣きつくのだった。
保守系新聞に就職した大学の先輩とジュニは、誰もが自分のために生きざるを得なくなると確認し合う。韓国映画には純粋だった男達が主に金のために汚れていくという類のものがあり(チェ・ジョンヨルの作品など)、実感に基づくその強い感傷も嫌いじゃないけれど、本作には似ているが違う感覚、平たく言えば男も女も誰にも平等な「それ」と、加えて僅かな希望があった。「昔みたいにデモに行こうか」「公務員なのにダメだよ」と話していたのがまたデモに行こうとなるジュニとジェイの結末には、こういうクリスマスの描写があるのかと胸が熱くなった。ちなみに舞台は2016年だ。