
台湾の山村で小さな農場を営むフイジュン(エスター・リウ)が、上海の兄の元から黙ってやってきた15歳の姪シンルー(タン・ヨンシュイ)に「タクシーの運転手さん、よくここが分かったね」と言うと「座標で大丈夫」。今ってなんて、何というか均等なんだと思う。シンルーのその感覚は食卓でフイジュンの弟ウェイホン(リン・ボーホン)に「生意気な」と言われての「そっちこそ」にも表れている。フイジュンの鶏への「来世は私が鶏に生まれるからね」もそれに近いが、彼女は食卓では「おじさんの言うことを聞きなさい」と場を締めるのだった。それでもにやにやするシンルーの表情に、彼女にはここが安心できる楽しい場所なのだと分かる。
中国映画だが2024年の女性監督による二作、『YOLO 百元の恋』(ジア・リン監督)と『家出の決意』(イン・リーチュエン監督)は女の主人公が男に背を向けて一人、SNSで自身を発信するのに終わったものだ。女性にとっていわゆるインターネットにはそういう、世界と繋がることができるという意味合いがある。本作のフイジュンがマッチングアプリに登録してまず「毎日が最高の一日」と写真をあげるのもそれに相当するように思われた。しかしこちらは順序が逆で、今の暮らしに満足している彼女が普段の抑圧に加え「弟の結婚」もカタに取られて結婚を視野に入れるようになり、スマホの向こうの「マーティン」にときめく。
題材であるロマンス詐欺についての結果がよければ…的扱いやパリのきれいで楽しげな部分のみを掬い取った描写、年長の女性との交流だけでなく男性とのセックス、「結婚してくれる?」へのYesを経てやっと自身が結婚など望んでいないと気付く展開は好みじゃないし、帰ってみれば「自分を愛している」存在がいたという結末も、私としてはあんな確認は要らなかった。しかしフイジュンにとってあの絵の前に実際に立てたことが重要なのだとは伝わってきた。世界が繋がっていると認識して初めて、人は自分の心地いいところに納得して落ち着くことができる…いや、人にはその権利がある。