アナザー・プレイス


難民映画祭のオンライン上映にて観賞。原題Another Place、2024年アメリカ、ジゼット・パノシアン監督作品。

1990年に6歳でイランからアメリカへ避難した監督が、30年後にギリシャで参加し始めた支援活動の繋がりから自国を離れた若者3人の今(2021年~2023年)を追う。ベルギーに逃れたルイナスは電話の向こうのコンゴの母親の「家に白人女性がいるわね」に笑って「ただの友達だよ」。デンマークに逃れたハメドもシリアの父親に彼女を紹介する。停電と警報で机の下に隠れた恐怖の記憶はあっても戦争というものは知らなかった、ポシェットの中の消しゴムの苺の匂いは覚えていても二度と帰らないとは分からなかったという監督が、キリスト教徒でも強制されたヒジャブを私が家で脱ぎ捨てるのを見て母は避難を決意したんだろう、母は今でも私のヒーローだと言うのが心に残った。

監督自身の語りが3人の映像の前説や解説ともなり全体を繋ぐのは、苦難、葛藤、努力の連続である「難民」の人生には共通項があるからだが、その内実は三者三様であることが全編に渡って訴えられる。現在の居場所に辿り着くまでの過程もそれぞれで、「この世の地獄と言われた」モリア難民キャンプでの日々、徒歩で越えた11の国境、各国警察からの暴力…ワールドカップ開催時だったので目立たずに済んだ、列車移動で隣のアジア人に悪臭を指摘されたなんてハメドの記憶の辛さ、父親不在の家の代表として密航業者と渡り合わねばならなかったザハラの、女性への性暴力に対する告発の重さ。

一人テレビを見るハメドは「ウクライナ人とシリア人の扱いに差はあるのでしょうか」とのニュースに「ないわけないだろ、ダブルスタンダードだ」と口をついて出る。一方ザハラが母や妹弟と暮らす新居では、大学の欠員募集はウクライナ人が最優先との話題に「ウクライナ人に変装する?」。家族がいればそういうジョークが共有できる。久々にアフガン衣装を着た弟は「タリバンが来たと逮捕される」と冗談を言う。モリア難民キャンプで自分を救ってくれた友人サラを迎えたルイナスが寒々しく映っていたキッチンやバスルームを最高の場所のように案内し、「コンテナに住んでたのに」「鍋で洗濯するよりいい」なんて彼女の軽口に笑みをこぼす姿も忘れ難い。

ハメドは大学で勉強するため大切な父を置いてシリアを出てきたが、デンマークで一人暮らすうち父親が国を離れなかった理由を身をもって知る。いわく、ずっとゲストであることに耐えられないのだと。それでもデンマーク社会に溶け込もうと体験を語るボランティアに参加するなど数年のあいだ心は揺れ、苦しみ続ける。「デンマーク政府が自分達にデンマーク人になることを望んでいるから」との言葉から、国の体制、ひいてはそれに働きかける市民の姿勢が大切なのだと分かる。それぞれの街の映像は、場所は見る者によって違って見えると教えてくれる。私が逃げてあそこへ行っても何もできないだろうと思わせる。