盲山


限定上映にて観賞。2007年中国制作、リー・ヤン脚本監督。

主人公・白雪梅を連れ戻しに来た公安の「あんたたちも人の親だろう、娘が売られたらどう思う」「娘さんの気持ちを考えたことはあるのか」には、よく言われる「人権は思いやりではない」のだからそんなこと関係ないだろうと思うのと同時に、家父長制とは人、とりわけ女子どもの気持ちを考えないことで成り立っているのだ、嫌がり抵抗する女性の性器に自分の性器を入れて「楽しかった」と言えるようでなければ維持できないのだと思い知らされる。人身売買につき、公安から村長、突然手を握って来る教師まで、彼女に直接的な加害をする村人「以外」の全ての人々が「彼らは野蛮で無学だから」で問題を片付けているのが何とも身近に感じられる。全てが上から下なのに、嫁を取られそうになると一致団結して公安=国に襲い掛かるあたりも。

映画における中国の人身売買の被害の描写といえばまず『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』を思い出す(2016年制作で「10年前に」と言っているから売られたのは本作の舞台と同じ頃)。ドキュメンタリーであるそちらでは売られた女性が夫や義父母とそれなりに情を通じ合わせるも最終的には北の家族と自分とで南(韓国)へ渡る過程が描かれており、そういうケースもあるだろうと思う一方、本作には特定の誰かというより多くの女性に起こった多くのケースが詰め込まれている。そのためか大抵の劇映画なら推測できるように撮られている、例えば豚に餌をやりながら通学する子らを見つめる白雪梅の心情や考えも読み取れず、推測に推測を重ねる、あるいは「自分なら」と見ることになる。これが、この映画の場合は悪いわけではないが大変な苦痛で、最後の父親への「遅かったね」からの展開も自分に引き付けて見てしまい胸が苦しくなった。